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バンクーバーオリンピック、人それぞれ、思い出のシーンがあると思う。なんといっても私は、フィギュアスケートの鈴木明子選手のフリーを滑り終えたあとの満足感に満ちた笑顔と感涙を忘れない。8位入賞を果たした自分に、自分で拍手を送りたい気持ちだったことだろう。競技翌日、新聞には「摂食障害を克服して、見事な復活」という見出しが多く見受けられた。鈴木さんの入賞は、摂食障害の人たちに、一筋の光明をもたらした出来事でもあった。 |
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![]() 1985年3月28日、愛知県豊橋市生まれ。 父は、割烹料理店の板前。母はその店の女将。2人の間の一人娘だ。幼いころから、習い事をたくさんしていた。バレー、ピアノ、水泳、絵画…、なかでも書道は、五段の腕前だ。 スケートを始めたのは、4歳から。多くの習い事の中で、スケートが一番好きになった。 フィギュアを始めたのは、6歳から。夕方から練習なので、働く両親にとっては、格好の託児所になった。休日には、弁当を2 個持参して、1 日中滑っていた。幼いころから、完璧主義だった。 小2 の時、地元のリンクが閉鎖となり、名古屋のリンクへ変わった。学校から帰ると、母にランドセルを渡し、スケート靴を受け取って、名古屋へ一目散。片道1時間半かけて、リンクに通った。リンクへの沿線にある中学・高校に入った。 2001年(高1)、2002年(高2)、2年連続で全日本選手権4位になり、全日本強化選手に指名された。 2003年、仙台にある東北福祉大学へ進んだ。荒川静香さんや本田武史さんたちを育てた長久保裕(ひろし)コーチに教わりたかったからだ。 アクシデント |
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豊橋の実家に戻り、病院に行ったら「摂食障害」と診断された。出場が決まっていたスケートカナダ辞退を連盟に告げる時が辛かった。電話を切ってから号泣した。「スケートが出来なくなったら、自分でなくなる」。初めての挫折。選手生命どころか、人間の命すら危ぶまれた。 バンクーバーへの道 2008年3月、オランダで開かれた国際大会で優勝した。エキシビションで、病気で出場出来なかったオランダの選手の代役を依頼された。その選手は、摂食障害だった。これは偶然ではないと思った。「私が経験することは、経験すべきだと用意されたことだ」と思った。 摂食障害を経験したことで、あたりまえのことが幸せに思える。「ま、いいか」と思えるようになった。試合でリンクに立つ前、緊張はするが「生きている証拠」と思えるようになった。プレッシャーを過剰に感じなくなった。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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