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久郷ポンナレットさんは、1964年、東京オリンピックの年に、カンボジアのプノンペンで生まれた。日本に来てちょうど30年になる。ポル・ポト政権下の壮絶な体験を語りながら、地球の平和を願って講演活動をしたり、カンボジアの伝統文化を伝える活動をしている。 忘れられない1975年 |
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1975年のポル・ポト派によるクーデターの数日後、数百万人のプノンペンの市民全員が立ち退きを命じられた。途中、父は連行された。次姉は栄養失調で病死した。長兄は行方不明になった。母もどこかに連れ去られ、10人家族のうち、6人を失った。 四つ葉のクローバーの教え |
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「難民少女、小学校卒業」の新聞記事を見て、一人の日本人男性から手紙が届いた。「僕は、隣の座間市に住む18歳の久郷と申します・・・」という書き出しだった。辛抱強く、温かく支え続けてくれた。彼も、4歳で父を亡くし寂しい子ども時代を送っていた。「海水浴に行くとき、私との肌のバランスを取るため、前日に日焼けしに行き、軽いやけどをしたそうだ」。「デートに2時間遅れても待ってくれていた」。やさしくて、いじらしいところにほだされ、88年、長い間文通を続けていた久郷正彦さんと結婚した。長男、長女に恵まれた。 赦すということ 1975年4月、ポル・ポト派による強制退去が始まる直前に撮った家族写真がある。ここに亡くなった兄や姉妹も一緒に写っている。タル兄さんは、フランス留学を夢見る18歳。オーク姉さんは、スポーツ万能、何でも楽しめる17歳。マオ姉さんは、おしとやかな美人の15歳。末娘のナエットちゃんは、クリクリした目、長いまつげの8歳。 |
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| ■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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