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新潟県長岡市の山古志と言えば、牛の角突きや錦鯉で知られている。その山古志が、2004年10月23日、新潟県中越地方を襲った中越大地震で、壊滅的な被害を受けた。その山古志の住民たちが地域を復興する歩みを追ったドキュメンタリー映画『1000年の山古志』が、震災5年の今年、完成した。映画のメガホンを取ったのが、映画監督の橋本信一さんだ。カンヌで2回も最高賞を取った名匠、今村昌平監督の愛弟子である。 |
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![]() 橋本さんは、地震の2週間後、長岡市の避難所に見舞いに行った時のエピソードから語り始めた。避難所には衝立もなく、多くの人たちが着の身着のままで避難していた。これでは着替えも出来ないだろうと、「避難所に衝立を置いたら」と言うと、怒り出した人がいた。「そんなことをしたら皆の顔が見えなくなる。皆がいるから生きていられる」住民の絆の強さを改めて実感した。 もともと、山古志と関わりが出来たのは、5年前、『掘るまいか』というドキュメンタリー映画の制作を通してだった。山古志には、中山隧道という手掘りのトンネルがある。住民が手掘りで貫通させたものでは日本一長い。戦前から戦後にかけて、のべ16年で貫通した全長877 メートルのトンネルだ。雪深い冬、山古志の小松倉地区は陸の孤島になる。病人が出たときなど、隣の広神村までの困難な峠越えが出来ず、多くの命が奪われた。隧道は住民の悲願だった。 橋本さんは、実際に歩いてみてその迫力に圧倒された。最初は、観光気分だったが、岩肌に刻まれたつるはしの痕を目の当たりにして、言葉を失った。村人の情念が降ってくるような感じがした。隧道には不思議な力があった。 「隧道は、砂漠に落ちた一本の針。砂漠で針を見つけるのは至難の技。でも針の穴からは砂漠を見渡せる。針の穴のような小さなトンネルを通して、人間の勇気や知恵を、精神風土を描いた」。 映画の撮影で、何回も山古志に足を運ぶうち、すっかり人や風景に魅せられた。「山古志の人々はいい顔をしている。いるべきところにいるという自信と誇りがあるからなんだろうなぁ」。 |
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本当の日本人がいる 映画作りの合言葉は、「Discover trueJapan!」本当の日本人を掘り起こす作業をしている。『1000年の山古志』は、地震からの復興も描く映画だ。「復興を実現した山古志の人の絆が受け継がれてきた村の時間を描いた」。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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