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デザイナー、プロデューサーの山本寛斎さんは、「人を元気にする」ことに熱き心で取り組んでいる。 熱き心の源 |
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![]() 内気で泣き虫でか弱い少年だった。7歳の時、両親が離婚した。幼い弟の手を引いて、父方の故郷高知の児童相談所に行くことになる。「高知に向かう鈍行列車から見た夕暮れの町並みが今でも忘れられない」という。月明かりを頼りに、サツマイモを掘り、土を払って生でかじりついたこともある。明るく元気いっぱいの世界を作り出そうとするのは、こんな原風景から抜け出したい本能のなせるわざかもしれない。 その後、再婚した父に引き取られるが、父が離婚と結婚を繰り返すたびに、引っ越しをするはめになる。合わせて12回引っ越しを繰り返した。「父は反面教師。だから僕は家庭を大切にしてきた。幼いものを守りたいと思ってきた。」 内気な性格が変わったきっかけのひとつに、小学校の校庭での雪合戦がある。ガキ大将が、石を仕込んだ固い雪玉を投げてきた。むくむくと正義感が頭をもたげ、猛然と抗議をした。この時を境に、寛斎さんは、学校の注目を浴びる的となる。 |
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このころの寛斎さんのデザインは、とにかく斬新。カーテン生地のゴブランで作ったジャケット、蛇革のジャケットなど…誰も着たことのないものばかりだった。「未来に前例はない!時代は後からついてくる!自分が前例になる!」と息巻いていた。 ふたたび熱き心 もう一度熱き心 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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