人生を変えた3つのこと
4人兄弟の末っ子だった。「自分だけがいわゆる落ちこぼれ」だった。体育以外は1がほとんだだった。「劣等感、マイナス思考の固まり」だったというから、今の北原さんからは想像も出来ない。中学をさぼって荒んだ生活をしていて、警察沙汰になり退学処分を受けた。義務教育の退学なんて聞いたことがない。
しかし、母の一言が人生を変えた。退学になったとき、怒るどころか「おまえはタバコを吸わない。いいとこあるじゃないか」と言ってくれた。いいところをちゃんと見てくれている母に感謝した。その母は93歳で健在だ。北原さんは、自分の誕生日には、母に必ずプレゼントをしている。年間百七十回という講演の旅先からは、母に土地の名産物の届け物をしている。「送り状に母の名前書くとき無上の幸せを感じる」という。
高校時代の恩師の言葉も、人生を変えた。何とか別の中学を卒業し、私立本郷高校に進学。入学早々の三択テストで、北原さん曰く「まぐれの60点を取った」。そうしたら、担任の沢辺利夫先生が「すごい!やれば出来るじゃないか!」とべた褒めしてくれた。この励ましに発奮した。また沢辺先生に褒めてもらいたい一心で、たちまち勉強好きになり、八百人をごぼう抜き。首席となり、卒業式では総代を務めた。
もう一つ人生を変えたのが、スキー留学だ。高校を出て、家業のスポーツ用品店を継ぐつもりで、オーストリアにスキー留学した。その時、ホームステイ先で、古いものを大切にして次代へ受け継ぐ様子を目の当たりにして衝撃を受けた。帰国後、粗大ゴミ置き場で拾ったゼンマイ式の柱時計が、記念すべきコレクション第一号となった。
以来、自分の心が動いた生活雑貨、娯楽文化に関するコレクションを始めた。ブリキのおもちゃコレクターのように思われているが、ブリキのおもちゃは、全体の一割にも満たない。やみくもには集めている訳ではない。「作り手のメッセージや愛着が感じられるもの。そこにあるだけでぬくもりが感じられるもの。僕の心の琴線に触れたものだけを集めている」
北原さんは、コレクションを語るとき、控えめな表現はしない。「凄い!貴重!素敵!素晴らしい!美しい!かっこいい!」いつも最上の形容の言葉を引き出しから出している。それらに加えて、北原さんの口癖は、「これ、いいでしょ」。いいものは人に伝えずにいられない性分なのだ。
集めたコレクションは、天文学的数字になる。横浜をはじめ全国に7館展示スペースがあり、四百坪の倉庫にも保管している。自分でも数はわからない。しかし、それは「数え切れない嬉しい瞬間があったということだ」
ポジティブな辞世の句
北原さんは、気に入った言葉のコレクションもしている。最近は、辞世の句もコレクションした。辞世の句には、人の生きざまや死にざまがよく表れている。
東海道五十三次で知られる江戸時代の画家・安藤広重は、「東路に 筆を残して 旅の空 西のみくにの 名所見ん」と言い残した。現世に筆を残して行くが、西方浄土の名所を見るのが楽しみだと、プラス思考の人だったとわかる。
幕末の志士、高杉晋作「おもしろき こともなき世に おもしろく すみなすものは 心なりけり」と詠んだ。心の持ちようしだいで、面白くも、面白くなくもなると、晋作の人生観が現れている。
北原さんの集める辞世の句までもが、ポジティブだ。きっと北原さんの辞世の句も、明るく前向きなものになるに違いない。あえて、どんな死を迎えるか想像出来るか聞いてみた。「やりたいことがいっぱいあるから、まだまだ想像出来ない。でも死ぬときは、楽しい人生だったなぁと笑って死ぬんでしょうね」と、他人事のように語る。
中学時代、自分がマイナスの波動を出していたときは、マイナスの波動を持った仲間ばかりが集まって来たという。いまは、プラスの波動を出す人ばかりが集まってくる。北原さんの周囲の人達は、プラスの波動を出す人達ばかりになる。ポジティブ思考の人間が増えていく。
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