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いつまでも崑ちゃん |
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![]() 写真館を営んでいた父が演劇好きだったので、よく劇場に連れて行ってもらった。このときの見聞が、後に役立ったのは言うまでもない。 しかし、その父は、昭和16年の元日に急逝。その後、母が再婚したため、伯父に引き取られ、そこで厳しくしつけてもらったという。伯父とは、後に親子の縁を結ぶ。 歌手のステージの司会役を経て、大阪北野劇場専属のコメディアンとして舞台に立っていた。昭和33年、民放開局と同時に《やりくりアパート》でテレビデビュー。以来、《番頭はんと丁稚どん》《とんま天狗》などで、たちまち売れっ子となる。トレードマークの黒ぶちメガネをずり下げ、右斜めを見つめる仕草は忘れ難い。 現在も、時にシリアス、時にコミカル、幅広い役柄をこなしている。つい最近まで、日本喜劇人協会の会長も務めていた。 こんだからこんだ |
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戦後、食料調達に父(伯父)と丹波周辺に行っていた頃から、田舎への憧れがあった。「立ち寄ったある農家のおばさんが、ふかした芋を割り箸に挿して分けてくれた。その家の縁側でおやじと食べた。おやじは、自分の分も僕にくれた。二人の優しさが身に染みた忘れられない味や」。 恩返しの《崑の村》 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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