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あきらめなければ夢は絶対かなう。そのお手本のような人がいる。司法試験にチャレンジすること23回目にしてようやく合格。還暦を前にして、ようやく念願の弁護士になった神山昌子さんだ。 |
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![]() 昭和19年、栃木県の生まれだが、育ったのは、秋田。6歳から11歳までを過ごした。雪国育ちだから、スキーが好きだから、北海道勤務を希望した。 中学の時、図書室にあった本を五十音順に読破していった。本好きが、その後、弁護士への扉を開くことになる。 国際基督教大学では英文学でシェークスピアを専攻した。演劇に興味を抱き、大学卒業後、文学座の研究生になる。7期生の同期には、原田大二郎や宇都宮雅代、新橋耐子がいる。演劇経験は、物おじしない言葉遣いや身振り手振りなど、法廷でも役にたっていることがある。 演劇の稽古をしながら、ふと「アポロが月に着いたという時代に、非生産的なことをしていていいのか!」と思い立ち、違う扉をたたく。日商岩井に入社したが、男女雇用機会均等法もない時代のこと、海外駐在員にもなれず、仕事は単調だった。30歳で、職場の同僚と結婚。退職した。 神山さんが、法律を初めて意識したのは、夫との離婚問題が浮上した時だった。結婚わずか4ヵ月で、「妻という座が自分に向いていないことに気づいた」神山さんは、離婚相談で弁護士を訪ねたが、「暴力や浮気が原因でもないのに、妻に相応しくないという理由だけでは離婚出来ない」と言われた。結婚するときは返事一つで結婚出来るのに、どうして離婚はスムーズに出来ないのか、もどかしさを感じた。法律とは不自然なものという思いが残った。結局は、夫の海外赴任に伴い、離婚が成立する。そして、シングルマザーになる。 食堂のレジやら、宅配便の配達やらのパート勤めをしながら、子育てをする。そんなパート勤務の合間に立ち寄った書店で見つけた法律入門書が、新たな人生の扉を開けることになる。その本を読んで「これまで自分中心に考えていたが、法律は利益調整の学問だと気づいた。様々な価値観のバランスを図る法律の世界の奥深さに気づいた」 司法試験には、年齢制限もないし、男女差別もないから受けてみよう!と思い立ち、睡眠時間を削って、司法試験の勉強を始めた。勉強が大好きだという神山さんにとって、受験勉強は、さして苦にならなかった。 |
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しかし、司法試験のハードルは想像以上に高い。制度が変わった新・司法試験の合格率でもおよそ40%。神山さんの時代は、2%くらいの合格率だった。短答試験が60問、論文試験が6科目2問ずつ。そして口述試験と3段階をクリアしないと合格出来ない。論文が最大の難関で、神山さんは、ここをなかなか突破出来なかった。 社会を照らしたい |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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