ケイコ先生は人気を博し、その後、司会やドラマやCMなどの仕事が次々と舞い込んできた。望みがかなったはずなのに、地に足がついていないと、春野さんは釈然としなかった。「言われる仕事をさせられるだけでいいのか…」と。生きている実感、生きている手ごたえがなかった。
そんなある日、落語を聞いて気が晴れた。「一人一人の頭の中に映像を作り上げる芸はすごい!」と感心した。しばらくして、今度は、講談を聞きに行った。そのとき講談と同じ舞台で公演されていた浪曲に出会った。聞いているうちに、「これだ!これだ!」と興奮してしまい、その日のうちに浪曲をやると決めていた。
浪曲道まっしぐら
2003年、関西浪曲界の重鎮、春野百合子師匠に弟子入りを決めた。29歳の決断である。気鋭の浪曲師、国本武春さんから渡されたテープの中に百合子師匠の録音があった。それを聞いたとたん、この人に弟子入りしたい!と直感した。「自分の人生がやっと始まる」という手ごたえを感じた。
東京から夜行バスに乗って大阪へ行き、弟子入りを直訴した。最初は断られたが、しつこく食い下がって、なんとか弟子入りを許された。
入門した年の大晦日、決意を表すため、バリカンで丸刈りにして大阪に引っ越した。「大阪の人情は温かい。浪曲にも人情が詰まっているからちょうどいい」と思っている。
浪曲師は、机を前にして語る。机には、思い思いのテーブル掛けを用意する。春野さんのは、青、赤、黄の3原色に彩られ、まるで旗のように見える。オランダ出身の抽象画家モンドリアンの作品をモチーフにしたそうだ。
浪曲は、《一声(いちこえ)二節(にふし)三啖呵(さんたんか.せりふ)》と言われる。歌のように節をつけ、せりふに当たる啖呵を切るとき、とにかく声の力が大切だ。まずは声を作らなければならない。声を作るには、刷り込むしかない。低い声を意識して出すようにしている。春野さんの稽古場は、カラオケボックス。そこなら気兼ねなく声が出せる。マイカーの中もいい稽古場だ。
百合子師匠から、少しでも多くのものを吸収して、人の心に響くような語れる努力を積み重ねている。今年に入って、若手が集まって旗揚げした《新星浪曲☆新宣組》のメンバーにも加わった。まさに浪曲を「新しく宣伝する組」。これまでの浪曲ファンはもとより、若いファン層も広げたいと張り切っている。
春野さんの夢は、NHKの大河ドラマに出ること。時代劇好きとしては、大河は憧れの的。どんな役でと聞いたら、「戦うお姫様」と答えが返ってきた。
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