冬の外歩き中「風邪ひかすから、帽子をかぶせないとだめだよ」と声をかけられる。と思えば、地下鉄に乗車中「暖房きいているから、帽子を取ったほうがいいよ」と声をかけられる。ベビーカーのサポートもごく自然にしてくれる。
老若男女を問わず見知らぬ人から、何度も息子を誉められた。「こんなかわいい赤ちゃん見たことないよ」「こんなにかわいくて元気がいいのは、お母さんの世話がいいからだね」こうした赤ちゃん誉め誉め大会は、あっちこっちで普通に見られる光景だ。
人前で、自分の子どもを誉めることもしばしばだ。泊まりにきた息子の友人のアンドレスは、自然にお礼の言葉が出てくる子どもだった。その話をすると、アンドレスのママは「私はあなたを誇りに思うわ」と息子を誉めて抱き締めた。アンドレスのママは、こうも言っていた。「ニューヨークには、世界各国から来た人がいる。そういう人達と交わることで、世界にはいろんな考えの人がいることを感じて、心の広い人間になってほしい」
英語の苦手だった兵藤さんが、翻訳に挑んだ。題して『子どもを守る101の方法』。これでもかこれでもかというほど完璧な子どものガードマニュアル本だ。元ロサンゼルス市警察官のベニー・メアーズさんが書いた。
その徹底したガードマニュアルのいくつか。「合言葉を決めておきましょう」「レストランでトイレに行くときも、子どもを連れていきましょう」「遊園地の乗り物には、子どもを先に乗せましょう」「知らない人から、その人の腕の長さ分以上に離れましょう」「子どもが大人にいやだ!?といってもよいと教えましょう」「親に信頼されていることを知らせましょう」子どもの安全は、親の最大の責任なのだ。
アメリカでは、子どもだけの外出も、家での留守番も法律で禁止されている。子どもとは「自分で自分を救える能力が備わってくる小学校高学年まで」と、一般的に12歳未満を指す。違反したら、保護者は、監督不行き届き、幼児虐待の罪で逮捕されることすらある。
兵藤さんは、翻訳に携わりながら、アメリカは、社会全体に、子どもを大事に見守ろうという空気があるところだと再認識した。子どもを巡る悲惨な事件が後を絶たない日本でこそ、こういう本を出す意義もあると思った。
アメリカでは、子ども扱いせず、きちんと自分の意見が言える教育をする仕組みが出来ている。例えば幼稚園の授業に《Show &Tell》というのがある。文字通り、《見せて、話す》授業。自分の家から、お気に入りのおもちゃや写真などを持ってきて、それがどういうものなのか、なぜ好きなのか、みんなの前で説明するのだ。「読み書き」の前に「話す聞く」訓練をする。
アメリカの父親は、育児に慣れている。週末の公園、ベビーカーを押しているのは、たいがい父親だ。オムツを取り替えたり、ミルクを飲ませたり、あやしたりしながら、ほかの父親と談笑している姿がそこかしこに見られる。妻が働き、夫が育児というケースも多い。「わが夫も、どんなに小さくても、子どもを一人の人格として見られる人。きちんと話し、きちんと聞こうという姿勢がある人だ」
「日本での子どもに対する考え方は、一考も二考もする余地がある。子どもを子ども扱いしすぎている。子どもっぽい子ども教材が氾濫している。子どもだからしかたないと言いつつ、早くから大人社会に出ることを奨励している。メディア情報に振り回されて、消費社会の格好の餌食と化している」と、日本の子どもを取り巻く環境に、兵藤さんの意見は手厳しい。笑い顔が一瞬真顔になった。
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