超売れっ子作家
いまを時めくベストセラー作家も、わずか8年前は、作家生命の危機に直面していた。長年つき合いのある編集者から「もう佐伯さんの本は出せないよ」と通告されたのだった。56歳の時だった。表情にこそ出さなかったが、ショックを受け、心中穏やかではなかった。そんな佐伯さんの心の内を知ってか知らずか、その編集者は、「残されたのは、時代小説か官能小説かなぁ」と二の矢を継いだ。「官能小説は無理だが、時代小説は書けるかもしれない」と一筋の光明を見る思いがした。
青春時代、貸本で読んだ時代小説は、読書の原点だった。北九州の映画館で見た時代劇も残像としてあった。「よし書いてみよう!」その決意が人生を変えたのだ。
最初に書いた時代小説『密命』は、初の重版となる。以来、書けば売れる、売れたら次のシリーズ依頼が来るというとんとん拍子状態に発展していくのである。合わせて10シリーズを手掛けていて、文庫本合計1000万部を突破した超売れっ子作家に変身したのである。人生、どこで何が待ち受けているかわからない。
今やどの本屋さんにも、佐伯泰英コーナーが設けられている。「この人気は信じられない。他人事のようだ」と戸惑いつつも、「閉塞感の中で、時代小説の中につかの間の理想≠求めているのかな」と冷静に自己分析している。「何しろ八方塞がりの中で、自分自身がそういう小説を読みたかった」
佐伯さんは、時代小説を書くことで、満員電車で通う同世代のサラリーマンへのエールを送ることを強く意識している。「会社でも家庭でも居場所を失いつつある男たちに、せめて電車の中の読書の間だけでも、現実の嫌なことは忘れてほしい」と願っている。
執筆は、駿河湾を望む熱海の書斎で、ほぼコンスタントに一日原稿用紙20枚分。午前4時から書き始め、正午には執筆を終える。「筋も決めずに書く。ノミでコツコツ木を削る職人と似ている。書いているうちに自然に手が動いていく」
うずたかく資料や書籍が積んである仕事場を想像していたが、さにあらず。あまり資料集めもしないらしい。古地図があればいいそうだ。江戸の町並みを想像しながら書いていく。スペインの闘牛シーンを彷彿とさせる剣術の描写、大学の映画学科で学んだ経験を生かした映像の細かいカット割りを思わせる描写が見事だ。
「貧しくても無謀でも自由だったスペイン時代。書いても書いても売れない不遇の時代。この二つの時代があったから、いまの自分がある」
ここまで書いてきて、ようやく気づいた。「春風駘蕩として、力が入ったところがない」なーんだ。これって佐伯さんのことではないか。
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