働き詰めの男たちが空虚な気持ちを抱えて、勤め帰りに立ち寄った酒場で一人聞く「悲しい酒」。胃の腑に酒が染みるように、人の心に染み入るような歌い方で、男たちに寄り添ってくれた。人の苦しみ哀しみに深く共鳴する感性を持った歌い手だった。
天地万物生命教
これまでの入院経験は、10回に及ぶ。病気とのつきあいは長い。20代、30代と2度にわたって十二指腸かいようを患った。40代になって、ヘルペスウイルスによる疼痛に悩まされ、失明の危機に陥ったこともある。60代で急性膵炎になり、膵臓ガンと誤診された。そして70代、変形性頚椎症で、右手がしびれ首が曲がらなくなった。
こうした体験の数々が、身体論的な宗教研究の契機になり、自分の体も学問の対象になると知った。「病気は、肉体を衰えさせるが、精神を研ぎ澄ましていく。病気が研究者としての私の道を切り開いてくれたかもしれない。病気を通して人間を客観視出来るようになった」肉体と精神のパラドックス(逆説)が、ライフテーマになった。
そして75年間の人生で、今がいちばん健康だというが、命への思いは、ひときわ強い。
人間には、文化や伝統に根差した「心の遺伝子」が備わっていると、山折さんは考える。その遺伝子を活性化させるのは、難しいことではない。日常生活を大切にすればいいのだ。姿勢を正せば、きちんとした挨拶が出来る。深い呼吸を整えれば激論にならない。微笑みを忘れなければ、優しい言葉のやりとりになる。
殺伐とした時代だ。いま一度心を見つめ直し、確かめていく必要がある。すべてのものに心があり、命があるという感情を呼び覚ます必要がある。「もう教祖や教義はいらない」と、宗教学者の山折さんは断言する。これからの時代に求められるのは《天地万物生命教》、天地万物に命があるということを布教する必要がある。太陽や月に感謝し、草木の成長に心を喜ばせ、動物たちと共存する。自然と一体化してこそ、人間は幸福になれる。
常に病気と付き合ってきた山折さんは、《死後の三無主義》を唱えている。墓は作らない、葬式はしない、戒名はつけない。そして、一握り散骨を実践したいと考えている。夫婦のうち残ったほうが、故人ゆかりの場所を訪ね歩いて、一握りずつ骨を撒いてくる。賢治さながら「宇宙の微塵に我が身を返したい」のだそうだ。
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