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京都がお気に入り |
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行き交うおばあさんに、「ええかっこしてはるなぁ」と声をかけられる。路地裏にある祠には、掃き清められた花が供えられ、信心深い土地柄を感じさせる。味のある小さな喫茶店のテーブルは、黒光りするほど磨きこまれている。そんな光景に目を細めながら散歩するのが楽しい。歩いているうちに歴史散歩になる。本能寺の跡地にたたずみ、兵たちの夢の跡に思いを馳せる。西洞院あたりは、道元と親鸞ゆかりの場所が近い。ひょっとすると二人は行き交っていたかもしれないと想像するのも楽しい。
歩く、泣く、寝る |
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働き詰めの男たちが空虚な気持ちを抱えて、勤め帰りに立ち寄った酒場で一人聞く「悲しい酒」。胃の腑に酒が染みるように、人の心に染み入るような歌い方で、男たちに寄り添ってくれた。人の苦しみ哀しみに深く共鳴する感性を持った歌い手だった。 天地万物生命教 人間には、文化や伝統に根差した「心の遺伝子」が備わっていると、山折さんは考える。その遺伝子を活性化させるのは、難しいことではない。日常生活を大切にすればいいのだ。姿勢を正せば、きちんとした挨拶が出来る。深い呼吸を整えれば激論にならない。微笑みを忘れなければ、優しい言葉のやりとりになる。 常に病気と付き合ってきた山折さんは、《死後の三無主義》を唱えている。墓は作らない、葬式はしない、戒名はつけない。そして、一握り散骨を実践したいと考えている。夫婦のうち残ったほうが、故人ゆかりの場所を訪ね歩いて、一握りずつ骨を撒いてくる。賢治さながら「宇宙の微塵に我が身を返したい」のだそうだ。 |
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| ■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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