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小さな小さな新聞の囲み広告が目にとまった。『イタリア薬膳』の本が出版されたことを紹介するものだった。偶然見つけた広告が、思わぬ出会いを呼んだ。 |
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![]() その著者である木村まさ子さんが生まれ育ったのは、東京・府中。まだ戦後まもないころで、あたりには、手つかずの自然が残っていた。木に登り、なまずを取りに行き、男の子とよく遊んだ。母には、山菜を摘んできては調理してもらい、父には、よもぎ餅を作ってもらった。庭先で育てたニラやミョウガも献立に加わった。つましくも心豊かになる食卓だった。 高校生のとき、寝坊して朝食をとらずに家を飛び出したら、パンと牛乳を持った母が追いかけてきたことがある。食べることを大切にする家庭だった。 20歳で結婚し、22歳で長男を、29歳で次男を出産した。母として妻として、食べることには、人一倍、気を配ってきた。 芸能界で活躍している長男は、料理の腕も相当なものと思えるが、米を研いだり、ひき肉をこねてぎょうざ作りを手伝ったり、小さなころから台所で手伝いをしていた。食事の支度時間は、大切な親子のコミュニケーションタイムだった。 あるとき、長男が朝食を残した。昼食に、彼だけ同じものを出した。なぜそうなったか無言のうちに教え、それに気づいた彼は、それから食べ物を残さなくなった。 アメリカンフットボールの選手の次男の食欲は旺盛そのものだった。3合炊いたご飯すべてをおにぎりにして学校にもたせた。それも、スタミナがつくようにと、焼き肉おにぎり、コロッケおにぎり…。かばんの中では、教科書よりおにぎりが大きな顔をしていたようだ。 次男は、幼いころ、生野菜が全く食べられなかった。一計を案じた木村さんは、家庭菜園で息子と一緒に野菜を育てることにした。そして、収穫した野菜を手にして、「大事に育てた野菜を食べてあげないとかわいそうよ」と言った。こうして次男は、生野菜嫌いを克服した。 |
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自分を変えた薬膳 木村さんは、「薬膳と出会ってから、生き方が変わった」という。「自分の喜ぶ生き方をしよう、今を大切にしよう」と思うようになった。それまで「こうでなければ」と物事を決めつけて考えがちだったが、楽に考えられるようになった。心と体の健康を考えた料理を提供することが、自分の生きがいだと悟って、揺るがぬ信念を持つことが出来た。 小さな感動で大きな感動 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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