平坦ではない人生
《セプテンバーコンサート》の呼びかけ人は、歌手の庄野真代さん。庄野さんといえば、『飛んでイスタンブール』。1978年、80万枚を超えるヒットとなった曲だ。それから 30年近くが経ち、庄野さんも五十代に入った。
今となっては信じがたいが、庄野さんは、幼い頃、虚弱体質だった。入退院を繰り返し、命に関わる大きな手術をしたこともある。「病弱な少女時代を読書と考え事で過ごした」という。
病気を克服した小学校5年生くらいから、パワー全開。学校の水泳大会で記録を作ったり、絵画展で入賞したり、初めて作詞作曲した歌が卒業文集にのったり…と、メキメキと活発な女の子になっていく。中学では、生徒会活動にのめりこみ、高校では、バンド活動にいそしむ。
そして大学受験では第一志望に落ち、合格した大学の入学金を納めに行く途中、「納得いかない」と浪人を決意。バイトをしながら音楽活動を続けていたら、ヤマハのオーディションに合格した。歌をやった証拠に、人生の節目にと、フォーク音楽祭に応募したら、地方予選を勝ち抜いて、全国大会に出場。そんな紆余曲折を経て、レコードデビューしたのだった。
紅白歌合戦出場も果たして、歌手活動絶好調のさなか、ふいに世界一周の旅に出てしまう。よく《思いつきの人》と言われる。何事も短い時間で決断するが、振り返るとすべて自然の流れになっている。「自分の環境を変えるのに、抵抗のない人間」だという。
1年間で、28ヶ国132都市を歩いた。「かけがえのない地球を感じた旅」だった。 パリの地下街で、ストリートミュージシャンとして歌ったこともある。ニューヨークでは、なんとアマチュアのど自慢に出場した。まったくこだわらない人なのである。
21歳で結婚、23歳でヒット歌手になり、26歳で長女出産、28歳で次女出産、33歳で離婚、44歳で子宮筋腫の手術、45歳で大学生に。決して平坦ではない人生を歩んできた。
自称《カルチャーおばさん》。6歳でオルガン教室に通って以来、ものを習うのが好きなのだ。水泳、英会話、習字、バレエ、そろばん、ピアノ、電子オルガン、茶の湯、華道、日本語講師養成スクール、中型バイク免許、4級小型船舶免許、ジャズダンス、テニス…枚挙に暇がない。「やってみたいことをやらないと、一生やらないままで終わってしまう。半歩だけでも前に出てみたほうがいい」
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