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巷では、マツケンサンバのブームが衰える気配は見えない。あっちでもこっちでも、老いも若きも、あのリズムに乗って、軽快に手を振り、足を繰り出し、愉快に踊る。不景気な顔をしている人はいない。大袈裟に言えば、現代の「ええじゃないか」と思うほどだ。 |
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![]() 宮川さんは、子どもの頃から、音に敏感だった。そして何よりも、傍らには、おのずと音楽への道を歩む刺激を与えてくれる強烈な存在がいた。数多くの名曲を世に送り出してきた父の宮川泰(ひろし)さんだ。父が忙しそうに仕事をこなし、口笛を吹きながら作曲する姿にあこがれた。小学校の作文で「お父さんのようになりたい」と書いた。 だが、長じてからは、父の存在がプレッシャーになったこともある。どうあがいても父は乗り越えられないと思った。顔も声も似ていると言われるのが嫌だった。カラオケで父の曲を歌えと言われるのも嫌だった。「でも、40代に入って観念した。父の大切にしてきたことを踏襲していこう」と。 父からは、自分の作品は、「アレンジはいいけど、歌心がない」と、いつも酷評されていた。その父が、マツケンサンバの10倍褒めてくれたのが、神野美伽が歌った『手紙』という曲だった。どこか懐かしさを感じさせる《大人の子守歌》を意識して作った。出来上がった曲は、「中学生の時に作った曲に似ている」と感じた。自分でも封印していたメロディーが蘇った感触があった。父に「すごい境地に入ったな。参ったな」と言われたとき、恥ずかしくなるほど嬉しかった。 「ド」と「ファ#」の衝撃 |
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自宅近くに劇団四季の稽古場があった。そこからピアノの音が漏れ聞こえてくるだけでわくわくした。稽古場の前で、ジェット団の合言葉代わりの口笛を吹いてみたこともある。稽古場の中には、レナード・バーンスタインの音楽を、見事に再現している劇団員がいた。いつかは、この劇団の音楽を担当したいと願った。 音楽の聞こえる絵 魂に寄り添う音楽 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
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