|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
||||||||||
CDから流れてくる流麗なピアノの音。冬の厳しさを知った上での早春の光のようなきらめきを感じる。この音が、左手だけで醸し出されているなんて、にわかには信じがたい。フィンランド在住の国際派ピアニスト、館野泉さんは、脳出血に倒れた後、左手だけでの演奏によって、見事に復活をとげた。 音楽一筋 |
![]() |
|||||||||||
![]() |
||||||||||||
![]() ごくあたりまえのように、5歳の5月5日からピアノを習い始めた。芸事を始めると良いとされる6歳の6月6日より、なぜか1年ほど早い。 館野さんは、幼いころから、読書中や空想に耽ると、大声を出されてもわからないほど別世界に入ることがあった。小学校の担任に、母は、よく呼び出されて「授業に集中していない」と指摘されていた。しかし、母は叱らなかった。「枠にはまらなくていいよ。自分の心に素直であればいい」と言ってくれた。 高校生の頃に、ピアニストで生きていこうと思い、東京芸大に進み、ピアノ科を首席で卒業した。そして、28歳の時、フィンランドのヘルシンキに渡る。ヘルシンキに行くと言ったら、回りから変わり者扱いされた。最初は1〜2年のつもりだったが、フィンランド人の声楽家を妻にし、向こうでの生活は、40年を超えた。 北欧の音楽を積極的に紹介する一方、ベートーベン、シューベルト、ブラームス、ショパンなどの演奏で、世界各地を回り、3000回を超えるコンサート活動を続けてきた。 |
![]() |
|||||||||||
突然の出来事 転機は、長男でバイオリニストのヤンネさんが持ってきた左手用の楽譜だった。ブリッジという作曲家の作品だった。それは、左手用の曲だということを感じさせなかった。曲を左手だけで弾いてみると、両手より無駄が無かった。凝縮されたエッセンスが詰まっていた。左手だけの演奏に、新たな可能性を感じた。 左手の新世界 館野さんは、「二通りのピアニスト人生が生きられると思えば楽しい」と言い切る。「音楽の本質を伝えるのに、両手も左手もない」とも思った。 |
||||||||||||
|
||||||||||||
|
|||||
|
|||||
■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画教室開講中 |
|||||
![]() |
|||||
|
||||||||
![]() |
||