≪文楽様式による『異説・カルメン情話』≫。スペインの自由奔放なカルメンの世界と、江戸の近松門左衛門の世界を融合させる試みだ。オーケストラをコンサートと同じように舞台に配置し、その後方に、人形浄瑠璃のための舞台をしつらえた。オペラ歌手が、和服を着た人形になりきって人形の動きで歌う。歌は、ビゼーの作曲したものをフランス語で、本来せりふのところは、義太夫・三味線でという役割分担だ。
名古屋能楽堂で、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』を、茂山千之丞さん演出で、能衣装をまとったオペラ歌手がすり足で登場という舞台を企画したこともある。この時、松尾さんは、着物にたすきがけで指揮した。
こうした企画には、日本の伝統文化を生かして、外国に発信出来るものを手掛けたいという強い思いがある。
なんでも思い方ひとつ
1995年3月、右肩脱きゅうという大怪我をする。生まれて初めての大怪我だった。6週間、右手が動かせず、左手だけの生活を送ることになった。ワイン好きの松尾さんは、右手でワインの栓抜きが出来なくなった。このとき、瓶を回せば栓は開くと気づいた。この怪我のおかげで、どんなことにもくじけなくなった。発想の転換をすればいいと気づくと、指揮者でいられないなら死んだほうがましだと思っていた執着が消えた。
そうして、指揮者の枠にはまらない活動が始まる。能や文楽とオーケストラが一緒になって舞台を作り上げる企画をプロデュース。市民参加のオペラ。
練馬交響楽団、芦屋交響楽団といった市民オケとの付さ合いも大切にしている。名古屋で、20〜70代の女性たちを集めた女声合唱団かきつばたも主宰している。愉快に音楽を楽しむ仲間たちがあちこちにいる。
松尾さんは、雨女だ。コンサートの日に、ほとんど晴れたためしがない。それどころか、激しい雷雨、吹雪、台風と、なまやさしいものではない。
けれど、松尾さんはこう受け止める。「私は弱点とは思っていない。強運だと思っている。大雨は私の応援団。必ずいいことがある」と思っている。
松尾さんの出身地・愛知県は、伊勢湾台風で大きな被害を受けた。悪天候に見舞われるたびに、松尾さんは、伊勢湾台風で亡くなった人が応援をしてくれていると思っている。
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