時間は、人間に等しく与えられたはずなのに、時間を使いこなす人がいれば、時間に使われているような人がいる。私の仕事も、時計の針とにらめっこばかりしているようなものだが、そのときの精神状態で、針の進み方を早く感じたり遅く感じたりする。 今日出来ることを明日に延ばす習性があり、時間の使い方は、いつまでたっても、うまくならない。ところが、時間との付き合いが、極めて上手な人がいたのだ。ドイツ文学者の池内紀(おさむ)さんがその人だ。
ゲーテさんとは? ゲーテ (1749〜1832)は、83歳まで長生きした。最後のことば「もっと光を!」はよく知られている。哲学者カントや、音楽家ベートーベンと、同じ時代の空気を吸っていたと聞くと、なんだか歴史の不思議を感じる。ベートーベンとは、よく散歩したらしい。 ゲーテの仕事は、ワイマール公国の執政官だった。才能が溢れていた。自分の体験をもとに書いた小説『若さウェルテルの悩み』は25歳の時の作品だが、大ベストセラーとなった。かのナポレオンが9回も読んだという逸話が残されている。 ゲーテというと、どうも重々しいイメージが作られてしまっているが、実は、「楽しくおかしな人」だった。 10代のゲーテは、のらりくらりとした学生で、いつも恋ばかりしていた。その後も、恋愛の絶え間がない人だった。数は多いが、「決断へと踏み切る手前で」いつも逃げる名人だったらしい。実は、74歳のとき、19歳の娘にプロポーズをしているが、さすがにこの求愛は相手にされなかったらしい。 そして、20代のゲーテは、小説も生み出したが、小国の執政官として、町作りや財政立て直しに苦労していた。しかし、偽名を使って、イタリアに逃げ出し、少年のように喜々として、地図にも頼らず、ベネチア巡りをした。 ゲーテという人は、森羅万象いろいろなことに興味を持った人だったようだ。博学多才の教養人であり、それでいて納まり返ったところのない自由人だった。 卓越した詩人であり、画家であり、旅行家であった。天体観測、気象観測、骨相学、植物学…、彼の興味の範囲は、とどまるところを知らない。 自然を愛し、森を歩き、山に登った。気象観測をしながら、雲を描くのが趣味だった。石を集める趣味もあった。今度こそやめようと決心しながら、ついつい集めてしまい、総数は、一万九千点にも及んだ。 ゲーテは、「気力をなくすると一切を失う。それなら生まれてこないほうがいい」とまで言い切っている。
ゲーテ的生活とは? 池内さんは、5年に一度、新しいことをはじめている。「いつでも一年生でいたい」 「初めて学校に通うウキウキした気持ちでいたい」からだ。「心の新陳代謝をしないと、新しいことに取り組まないと、干からびるような気がする」とも言う。それらはどうやら「自分へのごほうび」らしい。 まずは、山登りから始めた。次に、絵画。週一回は学杖に行き、デッサンも学んでいる。ギターもつま弾いているが、「隣りの高校生がうまいのでしゃくにさわる」と負けじ魂も強い。将棋にものめり込んでいるが、一度も勝ったためしがないらしい。最近では、池内さん日く「日本のオペラ」歌舞伎に通い詰めている。 年の三分の一は家にいない。国内はもとより海外にも旅行に出掛けている。一人旅が多い。無類の温泉好きだ。時間の止まっているような湯治場が好みだ。 喫茶店が大好きだ。過に三日は通う。教師時代、「自分の愛読書を見つけるのも大切だが、自分の好みの喫茶店を見つけることも大切だ」と学生に諭していた。 始めたことは、同時進行で続いている。引き出しは、増え続けている。 これだけ列挙しても、よく時間が確保出来るものと誰しもが思う。さぞかし能率的に仕事をこなしているかと思う。だが、「今日やることは明日やる主義」というのだ。この主義だけは、「自分と同じだ」と親近感を覚える。 仕事と趣味の時間を明確に分けている。趣味の時間のために、仕事をしているといってもいい。執筆時間は、早起きして、午前4時から午前10時と決めている。そして午前10時になると、執筆はパッとやめて、それ以降は、自分の好きなことに費やすと割り切っている。 池内さんは 「ゲーテは、人生は楽しく生きるものと考え、そのための工夫をしていた」と思う。ゲーテを見習い、時間をうまく捻出して、人の二倍も三倍も楽しい人生を送っている。
* 俳画とは 「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」 (広辞苑)