50歳は素敵
そのロザンナさんも、1950年7月生まれだから、53歳になった。「50をすぎてから、心に穏やかな風が吹くようになった」という。とにかく毎日が楽しい。ふつうの何げない暮らしに充実感がある。しかし、そういう境地に達するまでには、紆余曲折があった。世代が変わる節目節目で考え込んだ。
20代は、ヒデとの愛に一生懸命だった。それは、真夏の太陽のように激しい日々だった。30代は、子育てに追われた日々だった。「いちばんオバサンだったね」と苦笑する。そして、30代の終わりに、最愛のヒデを失う。泣き明かしたあと、40代に入って、「生き直そうと思った」。恋もしてみたが、結果として、ヒデとの愛の深さを確認することになっただけだった。
50代に突入して、はじめは老いることへの不安もあったが、孫も出来て、命のつながりを実感すると、生きるのが楽しみになった。「どんなことにも、小さなことにも愛を注げる私っていいやつじゃない。いまの自分が好き」と心から思えるようになった。以前のように、イライラすることもカリカリすることもなくなった。肩の力が抜けて、これまでの自分を脱皮したように思える。「ヒデの亡くなったあとの時間は、神様が、私を一回りも二回りも成長させるためにくれたもの」かもしれない。「ヒデがいないから、今の私がある」とロザンナさんは、前向きに考えられるようになった。
3つの宝物
3人の子どもたちが、いい子に育ってくれたことは、ヒデに自慢出来ることだ。
ヒデが生きていた頃は、気が張っていたのか、ガミガミママだった。よく手も振り上げた。ヒデが亡くなってからは、「いい顔するのをやめた。自分の弱みも見せられるようになった」わかりやすい親でいたいと思った。辛いことや悲しいことがあると、思いっきり泣き、涙が止まったら、陽気なマンマに戻った。″この子たちを守る″という一心で、いつも、本音で接してきた。
長男の士文(しもん)さんは、28歳。ミュージシャンとして、ドラムをたたいている。22歳ですでに結婚もした。1歳8ケ月になる子どももいる。ロザンナさんの初孫は、空南(あなん)くんと名づけられた。
士文さんは、ロザンナさんに向かって、折に触れて、優しい心づかいに満ちたことばを口にしてくれた。
ヒデさんの病気のことを、誰にも言えずにいたロザンナさんが、一人で抱え切れず、長男の士文さんにだけ告げたところ、「ママと僕とでパパを守ろうね」と言ってくれた。
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