|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
|
||||||||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
||||||||
曾祖父が幸田露伴、祖母が幸田文、母が青木玉と聞いただけで、この人はなんと恵まれた家系に生まれたのだろうと思う。持つべきDNAを持って生まれ、作家の道に進んだのは当然と思える。しかし本人に、それを言うと、「曾祖父が、分厚い座布団とすれば、だんだん座布団は薄くなり、私などは、座布団の皮一枚くらい」と笑いに伏す。 その笑顔の主は、作家の青木奈緒さん。自ら志して文章を書こうと思ったわけではない。学習院大学でドイツ文学を専攻後、≪幸田家の人≫という周囲の目から離れたくてオーストラリア・ドイツに行き、のべ12年滞在した。誰の力も借りずに生きてみたかった。現地では、翻訳や通訳の仕事をしていた。日本から離れ過ぎたと思って、4年前に帰国した。 |
![]() |
|||||||||
![]() |
||||||||||
「書くことをするなら、早いうちがいい。やれるのかやれないのか、早めにけりをつけたい」と潔い決断をした。ドイツに行ったことで、ずいぶん変わった。母は、ドイツから帰るたびにたくましくなる娘に目を細めた。それまでは、小石川の家からほとんど出たことのない≪箱入り≫が、「フットワークを大切にしたい」と言うようになった。![]() 祖母と向き合う旅 幸田文を知る人は、幸田文学の愛好者は、『木』、『台所の音』、『季節のかたみ』など、端正な日常の世界を描いてきた人と、崩壊の荒々しさ凄まじさとが結び付かず、少なからず驚いた。 |
![]() |
|||||||||
崩れに魅せられて 「追体験して、祖母に近づけたとは思わないが、砂防工事のことを崩壊現場のことを少しでも多くの人に伝えたい」と思った。「祖母がいいテーマを与えてくれた」と素直に喜ぶ。 |
||||||||||
|
||||||||||
|
|||||
|
|||||
■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画とは |
|||||
![]() |
|||||
![]() |
||