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歌手のムッシュかまやつさんは年齢不詳の人だと思っていたら、なんと63歳。還暦を過ぎてしまっていた。 3年前、仲良しのユーミン(松任谷由美)が還暦祝いのパーティを開いてくれた。還暦を迎え、いささかの喪失感があったが、ユーミンに「六十歳過ぎたら何でもやっていいのよ」と言われ、またエネルギーが沸いてきたそうだ。 いまも、若者達のライブに飛び入り参加することもある。常に、若者との間にあるフェンスを飛び越えたいと思っている。自分を限定してしまうとダメになるという思いもある。 ジャンルは問わず |
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父のティーブ釜萢さんは、日本のジャズ界の草分け。日系2世として、1911年ロサンゼルスに生まれ、不景気で仕事がなくなり、日本に来て、ジャズ・ミュージシャンとして活動した。日本人女性と結婚して、1939年1月、かまやつさんが生まれた。
かまやつさんは、戦後、FENから流れてくるジャズに夢中になった。トランペッターに憧れ、紙袋にトランペットを入れて歩いていた。 やがてビートルズの存在を知ることになる。「聞いたこともない音」に出会った。これまで出会ってきたアメリカの音楽とは異質だったが、自分たちなりにイマジネーションを膨らませることが出来る気もした。ビートルズのようなバンドで歌いたいと思った。 かまやつさんの人生観 フォーク全盛期には、おのずとフォークの人達との関わりが出来た。「フォークの若い世代は、自分の体験を自分の言葉で、自分の居場所を探して歌っている」ような気がした。 |
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ヒットが出たら、二匹目のドジョウを狙うのが当然なのに、そうしなかった。「ドジョウがいるようなところで泳いでいるのが好き」「脚光を浴びると腐るのも早い。賞味期限が短くなるだけ」と、あっさり当時の事務所も辞め、また一人に戻り、ギターかついで歩き回ることにした。 その後も、好奇心を失わず、自分を枠にはめずに生きてきた。音楽のジャンルを問わない姿勢も一貫していた。「もともと好きで始めた音楽は、食事のようなもの。偏りなくいろんなものを食べて、栄養をつけてきた」 絶対こうでなければいけないなんて、決め付けることはしない。風に吹かれながら、ふわふわ漂うように、生きてきた。 風のある日、「どうにかなるさ」の歌声が、風に乗ってどこからともなく、聞こえてくるような気がする。 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画とは |
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