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2つの誕生日 ワールドカップの期間中は、サッカーファンにはもとより、サッカーのルールがわからなくても一喜一憂しながら、声援を送った人が多かった。そのワールドカップを格別な思いで見つめた人がいた。サッカー解説などスポーツエッセイストとして活躍している羽中田昌(はちゅうだまさし)さんだ。 羽中田さんが、サッカーへの思いを熱くしたのは、サッカー少年だった小学校4年のときだ。当時の西ドイツで行われたワールドカップをテレビで見ていて、オランダ代表のヨハン・クライフのプレーに目を奪われた。優雅にドリブルする姿は、グラウンドで蝶が舞っているようだった。西ドイツ対オランダの決勝戦の日、ヨハン・クライフに感動して泣いてしまった。「いつかワールドカップの舞台に立ちたい」少年の夢は膨らんだ。 |
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羽中田さんは、ユースの日本代表候補になるなど、日本サッカー期待の星として活躍していたが、不慮の事故に遭遇して車椅子での生活を余儀なくされた。しかし、いまもサッカーに対する情熱は衰えることがない。
羽中田昌さんは、1964(昭和39)年、東京オリンピックの年に山梨県甲府市に生まれた。サッカーを始めたのは、小学校3年生からだ。来る日も来る日も、サッカーボールを追いかけ、サッカーの強豪・県立韮崎高校に進学した。のちに中田英寿も入る学校だ。一年からFWのレギュラーとして、全国高校選手権3年連続ベスト4の原動力となった。ユースの日本代表候補にも選ばれた。 事故の後、サッカーのことは諦めた。考えないようにした。 |
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車椅子のJリーグ監督 |
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■イネ・セイミプロフィール フルート奏者として活躍中。俳画家。 絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。 * 俳画とは |
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