避暑地サパへ。

昼食を食べると今度はまたラオカイまで戻り、トランクを積んでサパの街へ向かう。

私たちがベトナムを訪れる10日ほど前に台風24号がベトナムを襲い北部を中心に、がけ崩れや洪水が発生し、村人8人が亡くなっている。行く前に、旅行社からはその話がなかったので大丈夫だろうと思っていたが、いざサパの街へ山道を走りだすと所々にがけ崩れの跡や小さな川が氾濫して泥だらけになった街を通った。新しくかけられた橋は、崩れた土砂によって通行止めになっていた。回り道をして旧道を走る。すると大渋滞が発生していた。片側交互通行かと思っていたが、なんとトラックが横倒しになっている。これは抜けるのに何時間かかるのだろうと思っていると、小型のクレーン車が車体を斜めに持ち上げた状態で片側交互通行できるようにしてくれた。日本では絶対ありえない応急処置である。そんなこんなで2時間ほどでサパの街に着く。

そんなに広くない道路を入っていくと、こんな山奥にあるとは思えない美しい街が広がっていた。ヨーロッパ風の建物群が並んでいた。話を聞くと、サパはフランス領だった時、避暑地としてフランス人が開拓した街だった。(写真①②)

フランス領の建物は、クリーム色に塗られているのですぐわかる。一見ヨーロッパに迷い込んだような感覚だった。欧米人の観光客が多く、日本人にはお目にかからなかった。荷物を置いて、すぐ自由時間、夕方、6時まで自由に散策した。絵を描きに道具を持って走り出した。スケッチポイントを見つけると、いざ描こうとするとスケッチブックを忘れていた。これには自己嫌悪。諦めてホテルに戻り手ぶらでぶらぶらすることにした。民族衣装の子の写真を撮らしてもらったり、お土産屋さんを冷やかしたりした。(写真③④)

夕飯は最上階のテラスのあるレストラン。




10月20日、3日目

朝9時3台のバスに分かれて出発、世界一と言われる美しい棚田を描きに行く。(写真⑤)

困ったのは現地添乗員の思う美しさと私たちが描きたい美しさが違うということだった。

案内されても気に入らない。そんなことが何度も繰り返されて。彼が落ち込んでしまった。

トイレもない。飲み物もない状態で18人が絵が描けないいらだち。海外に行ってスケッチポイントを探して走り回るのはざらなこと。

今回の旅はスケッチポイントまで移動しなければならないのがタイムロスだった。それも18人そろって、テラスのある喫茶店を探してそこで私は棚田と水牛を入れて、1枚。ここでベトナムコーヒーを初体験した。濃いコーヒーにあま~い練乳を溶かして飲むのだがこれにはまいりました。1口飲んだだけで水で薄めた。昼食のバインミー(ベトナムのサンドイッチ)は期待していたが、日本の方がおいしかった。それより何より感動したのは観葉植物たちの美しさ。フィロデントロン、モンステラ、クワズイモ、ストレリチア、ガジュマル、シュフレラ、フィカス各種。まぁ今流行っている。観葉植物たちが東南アジアから来ているのだから無理は無い。(写真⑥)

そこで2枚ほどスケッチ。その後少数民族の村を訪ねる、昔のままの住居を見て歩く。スレート屋根レンガ作りの壁、車やバイクは走っている。角のコンビニらしき店には生きた、鶏、野菜、菓子生活雑貨、遠くまで行かなくてもその日に必要なものは手に入る。小学校にはたくさんの子供たちがいた。しかし絵になるところはなくて場所を移動した。街に戻る前に、サパで1番大きな市場、に寄ってくれた。ここの2階で、この地方で暮らす少数民族の民族衣装を手に入れた。サパの街まで戻って、モノレールの走るホテルの屋上に陣取った、ここで1枚。ホテルに帰って同行のYちゃんに民族衣装を着せてみた。可愛くて、この衣装のまま夕食会場に向かう。(写真⑦)

みんな大絶賛。帰るまでに一同でデッサン会を開けるといいなぁ。なんて思っていたが、これから先だんだん疲労が蓄積していく。

つづく

ベトナムスケッチ(写真⑧)
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避暑地サパへ。

昼食を食べると今度はまたラオカイまで戻り、トランクを積んでサパの街へ向かう。

私たちがベトナムを訪れる10日ほど前に台風24号がベトナムを襲い北部を中心に、がけ崩れや洪水が発生し、村人8人が亡くなっている。行く前に、旅行社からはその話がなかったので大丈夫だろうと思っていたが、いざサパの街へ山道を走りだすと所々にがけ崩れの跡や小さな川が氾濫して泥だらけになった街を通った。新しくかけられた橋は、崩れた土砂によって通行止めになっていた。回り道をして旧道を走る。すると大渋滞が発生していた。片側交互通行かと思っていたが、なんとトラックが横倒しになっている。これは抜けるのに何時間かかるのだろうと思っていると、小型のクレーン車が車体を斜めに持ち上げた状態で片側交互通行できるようにしてくれた。日本では絶対ありえない応急処置である。そんなこんなで2時間ほどでサパの街に着く。

そんなに広くない道路を入っていくと、こんな山奥にあるとは思えない美しい街が広がっていた。

ヨーロッパ風の建物群が並んでいた。話を聞くと、サパはフランス領だった時、避暑地としてフランス人が開拓した街だった。(写真①②)

フランス領の建物は、クリーム色に塗られているのですぐわかる。一見ヨーロッパに迷い込んだような感覚だった。欧米人の観光客が多く、日本人にはお目にかからなかった。荷物を置いて、すぐ自由時間、夕方、6時まで自由に散策した。絵を描きに道具を持って走り出した。スケッチポイントを見つけると、いざ描こうとするとスケッチブックを忘れていた。これには自己嫌悪。諦めてホテルに戻り手ぶらでぶらぶらすることにした。民族衣装の子の写真を撮らしてもらったり、お土産屋さんを冷やかしたりした。(写真③④)

夕飯は最上階のテラスのあるレストラン。



10月20日、3日目

朝9時3台のバスに分かれて出発、世界一と言われる美しい棚田を描きに行く。(写真⑤)

困ったのは現地添乗員の思う美しさと私たちが描きたい美しさが違うということだった。

案内されても気に入らない。そんなことが何度も繰り返されて。彼が落ち込んでしまった。

トイレもない。飲み物もない状態で18人が絵が描けないいらだち。海外に行ってスケッチポイントを探して走り回るのはざらなこと。今回の旅はスケッチポイントまで移動しなければならないのがタイムロスだった。それも18人そろって、テラスのある喫茶店を探してそこで私は棚田と水牛を入れて、1枚。ここでベトナムコーヒーを初体験した。濃いコーヒーにあま~い練乳を溶かして飲むのだがこれにはまいりました。1口飲んだだけで水で薄めた。昼食のバインミー(ベトナムのサンドイッチ)は期待していたが、日本の方がおいしかった。それより何より感動したのは観葉植物たちの美しさ。フィロデントロン、モンステラ、クワズイモ、ストレリチア、ガジュマル、シュフレラ、フィカス各種。まぁ今流行っている。観葉植物たちが東南アジアから来ているのだから無理は無い。(写真⑥)

そこで2枚ほどスケッチ。その後少数民族の村を訪ねる、昔のままの住居を見て歩く。スレート屋根レンガ作りの壁、車やバイクは走っている。角のコンビニらしき店には生きた、鶏、野菜、菓子生活雑貨、遠くまで行かなくてもその日に必要なものは手に入る。小学校にはたくさんの子供たちがいた。

しかし絵になるところはなくて場所を移動した。街に戻る前に、サパで1番大きな市場、に寄ってくれた。ここの2階で、この地方で暮らす少数民族の民族衣装を手に入れた。サパの街まで戻って、モノレールの走るホテルの屋上に陣取った、ここで1枚。ホテルに帰って同行のYちゃんに民族衣装を着せてみた。可愛くて、この衣装のまま夕食会場に向かう。(写真⑦)

みんな大絶賛。帰るまでに一同でデッサン会を開けるといいなぁ。なんて思っていたが、これから先だんだん疲労が蓄積していく。

つづく

ベトナムスケッチ(写真⑧)
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避暑地サパへ。

昼食を食べると今度はまたラオカイまで戻り、トランクを積んでサパの街へ向かう。

私たちがベトナムを訪れる10日ほど前に台風24号がベトナムを襲い北部を中心に、がけ崩れや洪水が発生し、村人8人が亡くなっている。行く前に、旅行社からはその話がなかったので大丈夫だろうと思っていたが、いざサパの街へ山道を走りだすと所々にがけ崩れの跡や小さな川が氾濫して泥だらけになった街を通った。新しくかけられた橋は、崩れた土砂によって通行止めになっていた。回り道をして旧道を走る。すると大渋滞が発生していた。片側交互通行かと思っていたが、なんとトラックが横倒しになっている。これは抜けるのに何時間かかるのだろうと思っていると、小型のクレーン車が車体を斜めに持ち上げた状態で片側交互通行できるようにしてくれた。日本では絶対ありえない応急処置である。そんなこんなで2時間ほどでサパの街に着く。

そんなに広くない道路を入っていくと、こんな山奥にあるとは思えない美しい街が広がっていた。ヨーロッパ風の建物群が並んでいた。話を聞くと、サパはフランス領だった時、避暑地としてフランス人が開拓した街だった。(写真①②)

フランス領の建物は、クリーム色に塗られているのですぐわかる。一見ヨーロッパに迷い込んだような感覚だった。欧米人の観光客が多く、日本人にはお目にかからなかった。荷物を置いて、すぐ自由時間、夕方、6時まで自由に散策した。絵を描きに道具を持って走り出した。スケッチポイントを見つけると、いざ描こうとするとスケッチブックを忘れていた。これには自己嫌悪。諦めてホテルに戻り手ぶらでぶらぶらすることにした。民族衣装の子の写真を撮らしてもらったり、お土産屋さんを冷やかしたりした。(写真③④)

夕飯は最上階のテラスのあるレストラン。


10月20日、3日目

朝9時3台のバスに分かれて出発、世界一と言われる美しい棚田を描きに行く。(写真⑤)

困ったのは現地添乗員の思う美しさと私たちが描きたい美しさが違うということだった。

案内されても気に入らない。そんなことが何度も繰り返されて。彼が落ち込んでしまった。

トイレもない。飲み物もない状態で18人が絵が描けないいらだち。海外に行ってスケッチポイントを探して走り回るのはざらなこと。今回の旅はスケッチポイントまで移動しなければならないのがタイムロスだった。それも18人そろって、テラスのある喫茶店を探してそこで私は棚田と水牛を入れて、1枚。ここでベトナムコーヒーを初体験した。濃いコーヒーにあま~い練乳を溶かして飲むのだがこれにはまいりました。1口飲んだだけで水で薄めた。昼食のバインミー(ベトナムのサンドイッチ)は期待していたが、日本の方がおいしかった。それより何より感動したのは観葉植物たちの美しさ。フィロデントロン、モンステラ、クワズイモ、ストレリチア、ガジュマル、シュフレラ、フィカス各種。まぁ今流行っている。観葉植物たちが東南アジアから来ているのだから無理は無い。(写真⑥)

そこで2枚ほどスケッチ。その後少数民族の村を訪ねる、昔のままの住居を見て歩く。スレート屋根レンガ作りの壁、車やバイクは走っている。角のコンビニらしき店には生きた、鶏、野菜、菓子生活雑貨、遠くまで行かなくてもその日に必要なものは手に入る。小学校にはたくさんの子供たちがいた。しかし絵になるところはなくて場所を移動した。街に戻る前に、サパで1番大きな市場、に寄ってくれた。ここの2階で、この地方で暮らす少数民族の民族衣装を手に入れた。サパの街まで戻って、モノレールの走るホテルの屋上に陣取った、ここで1枚。ホテルに帰って同行のYちゃんに民族衣装を着せてみた。可愛くて、この衣装のまま夕食会場に向かう。(写真⑦)

みんな大絶賛。帰るまでに一同でデッサン会を開けるといいなぁ。なんて思っていたが、これから先だんだん疲労が蓄積していく。

つづく

ベトナムスケッチ(写真⑧)