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戦後混乱期の昭和22年1月12日中部日本新聞は〈6・3教育制 4月から実施〉〈国民学校6年新卒は全部中学校へ〉〈男女共学の全日制度〉の見出しで「義務制の中学校」の設置を報じた。
その僅か3か月後の4月には、東南海地震と三河地震を体験した『武豊国民学校初等科』当時4年生は、空襲・終戦・教科書の墨塗りなどを乗り越え6年生を終了、新教育制度の『武豊中学校』の初めての1年生に(260名)。
1年生入学。校舎が無いー
▼名古屋市郊外学園(保養園、工事中の武豊北インターにあった)を間借りでスタート▼制服なし、わら半紙の仮綴じの教科書を風呂敷で、弁当はサツマイモ、先生も生徒も手製の「草履」で通学▼町長は助役・校長らを連れ校舎を建てる場所探しに奔走▼校舎は「まず2棟絶対必要」という校長の願いを全町議が支持。特別教室も武豊警察署庁舎に優先して建設すべきと町民も賛同▼校章制定、翌年2月給食、3月全校生徒にDDT散布▼3月11日現西保育園の場所で新校舎地鎮祭。但し…、運動場の目途は立たず。
2年生進級。武豊小学校の一部を間借りして―
▼講堂を杉板で4つに仕切って教室に▼保養園から引っ越し「机や腰掛などをずって(担いで)運んだ」、ピアノは、先生の家の牛車▼仕切り板だけなので隣の授業がまる聞こえで、先生も生徒も大声。職員室は無く先生方の打合わせは立ったまま。
3年生進級。白陵の丘へー
▼4月1日待望の新校舎2棟(16教室)、6月には特別教室(9教室)完成▼また引っ越し。武小から「机を背負って、腰掛を抱いて」▼「体育の時間は運動場(現保健センター)の整備に明け暮れた」▼初めての修学旅行(11月22ー23日)は京都・奈良、お米を持参。皆んな、初めての「白いズック靴」を履いて。
昭和25年3月18日卒業式(238名・第3回生)。←なぜ1回生でないの? 謎解きをお勧め…。
武豊中学校の最初の一年生たちが卒業50年後に発行した本『想い出さまざま 激動の中に育ちて(武豊中学校第3回生の会・平成9年)』から抜粋・再構成させて頂きました。「最後の一冊です」と下さった山田ミギハ氏に感謝いたします。
伊藤 明德
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姑は、とにかく働き者。多分負けず嫌いだったと思う。
あまり世間のウワサ話もしないし、昭和2年生まれにしては、考え方が進歩的。自分の家の仕事に合わせて、昔ながらの風習を簡素化してきた感じで、嫁となる私には楽な環境でラッキーってホッとしました。まぁそれなりに厳格な家風はありましたから、実家と真逆な事で身が縮む思いをした事も多々あリましたがね。
戦後混乱期の昭和22年1月12日中部日本新聞は〈6・3教育制 4月から実施〉〈国民学校6年新卒は全部中学校へ〉〈男女共学の全日制度〉の見出しで「義務制の中学校」の設置を報じた。
その僅か3か月後の4月には、東南海地震と三河地震を体験した『武豊国民学校初等科』当時4年生は、空襲・終戦・教科書の墨塗りなどを乗り越え6年生を終了、新教育制度の『武豊中学校』の初めての1年生に(260名)。
1年生入学。校舎が無いー▼名古屋市郊外学園(保養園、工事中の武豊北インターにあった)を間借りでスタート▼制服なし、わら半紙の仮綴じの教科書を風呂敷で、弁当はサツマイモ、先生も生徒も手製の「草履」で通学▼町長は助役・校長らを連れ校舎を建てる場所探しに奔走▼校舎は「まず2棟絶対必要」という校長の願いを全町議が支持。特別教室も武豊警察署庁舎に優先して建設すべきと町民も賛同▼校章制定、翌年2月給食、3月全校生徒にDDT散布▼3月11日現西保育園の場所で新校舎地鎮祭。但し…、運動場の目途は立たず。
2年生進級。武豊小学校の一部を間借りして―▼講堂を杉板で4つに仕切って教室に▼保養園から引っ越し「机や腰掛などをずって(担いで)運んだ」、ピアノは、先生の家の牛車▼仕切り板だけなので隣の授業がまる聞こえで、先生も生徒も大声。職員室は無く先生方の打合わせは立ったまま。
3年生進級。白陵の丘へー▼4月1日待望の新校舎2棟(16教室)、6月には特別教室(9教室)完成▼また引っ越し。武小から「机を背負って、腰掛を抱いて」▼「体育の時間は運動場(現保健センター)の整備に明け暮れた」▼初めての修学旅行(11月22ー23日)は京都・奈良、お米を持参。皆んな、初めての「白いズック靴」を履いて。
昭和25年3月18日卒業式(238名・第3回生)。←なぜ1回生でないの? 謎解きをお勧め…。
武豊中学校の最初の一年生たちが卒業50年後に発行した本『想い出さまざま 激動の中に育ちて(武豊中学校第3回生の会・平成9年)』から抜粋・再構成させて頂きました。「最後の一冊です」と下さった山田ミギハ氏に感謝いたします。
伊藤 明德