龍宮海岸はかつて富貴村。
 橙色の複葉の水上飛行機(赤とんぼ)が浮かんでいるのを見た▼砂浜で10人位の女の人が男の号令で藁人形を竹やりで突くのを、もらわれてきて間がなかったが新しい母親の訓練が早く終わって一緒に帰りたいと、松の陰でじっと見た▼米艦載機の機銃掃射、振り向いたら操縦士のYankeeの顔。はっきり見た▼開戦前からあった別荘は河和の航空隊の将校らの宿舎に、馬車や木炭車で送り迎えされているのを見た▼玉音放送を家族が聴いているのを見た。
 突然のように、赤とんぼも竹やり訓練も機銃掃射もなくなった。

3人の中で一番下の、開戦の前年に生まれた少年は成長して5歳に、「白い砂浜と松林がこんなにもずーっと続いているものだったのか」と想い‥改めて龍宮海岸を見た。一番上の少年は、海水浴客が戦前と同じ位に戻ってきつつある‥のを見た。

 昭和25年富貴観光協会設立。『海浜館』、『乙姫劇場』、沖の飛込台など、遊園地のように変貌した海岸を少年たちは見た。富貴駅から吐き出された人々が龍宮城を模どった門をくぐり海岸に押し寄せてくるのを見た。土、日のアトラクション、盛大な仮装大会、夜は映画会など、見た。全国放送の『NHKのど自慢素人演芸会』、乙姫劇場で司会は宮田輝てる、伴奏はアコーディオンのみ、聴衆は1,000人超、見た。昭和28年夏が終わるころ、台風13号でほぼ壊滅した施設の無残な海岸の光景を見た。
 昭和29年、武豊町との合併行事で富貴小学校から武豊までの提灯行列に参加。新しい『武豊』を見た。
 今年、町制70周年記念『NHKのど自慢』が8月11日『ゆめたろうプラザ』であった。70余年ぶりの『のど自慢』、かつての少年たちはTVで中継を見た。「夏の龍宮海岸で〈見た〉様々な光景を懐かしんだ」という。皆「平和が長く続いていてありがたい」とも。
 真ん中の年のかつての少年は「あしたはデイサービスだ」…。
                                     伊藤 明德
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■元気の出てくることばたち
 龍宮海岸はかつて富貴村。
 橙色の複葉の水上飛行機(赤とんぼ)が浮かんでいるのを見た▼砂浜で10人位の女の人が男の号令で藁人形を竹やりで突くのを、もらわれてきて間がなかったが新しい母親の訓練が早く終わって一緒に帰りたいと、松の陰でじっと見た▼米艦載機の機銃掃射、振り向いたら操縦士のYankeeの顔。はっきり見た▼開戦前からあった別荘は河和の航空隊の将校らの宿舎に、馬車や木炭車で送り迎えされているのを見た▼玉音放送を家族が聴いているのを見た。
 突然のように、赤とんぼも竹やり訓練も機銃掃射もなくなった。

3人の中で一番下の、開戦の前年に生まれた少年は成長して5歳に、「白い砂浜と松林がこんなにもずーっと続いているものだったのか」と想い‥改めて龍宮海岸を見た。一番上の少年は、海水浴客が戦前と同じ位に戻ってきつつある‥のを見た。

 昭和25年富貴観光協会設立。『海浜館』、『乙姫劇場』、沖の飛込台など、遊園地のように変貌した海岸を少年たちは見た。富貴駅から吐き出された人々が龍宮城を模どった門をくぐり海岸に押し寄せてくるのを見た。土、日のアトラクション、盛大な仮装大会、夜は映画会など、見た。全国放送の『NHKのど自慢素人演芸会』、乙姫劇場で司会は宮田輝てる、伴奏はアコーディオンのみ、聴衆は1,000人超、見た。昭和28年夏が終わるころ、台風13号でほぼ壊滅した施設の無残な海岸の光景を見た。
 昭和29年、武豊町との合併行事で富貴小学校から武豊までの提灯行列に参加。新しい『武豊』を見た。
 今年、町制70周年記念『NHKのど自慢』が8月11日『ゆめたろうプラザ』であった。70余年ぶりの『のど自慢』、かつての少年たちはTVで中継を見た。「夏の龍宮海岸で〈見た〉様々な光景を懐かしんだ」という。皆「平和が長く続いていてありがたい」とも。
 真ん中の年のかつての少年は「あしたはデイサービスだ」…。
                      伊藤 明德
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 龍宮海岸はかつて富貴村。
 橙色の複葉の水上飛行機(赤とんぼ)が浮かんでいるのを見た▼砂浜で10人位の女の人が男の号令で藁人形を竹やりで突くのを、もらわれてきて間がなかったが新しい母親の訓練が早く終わって一緒に帰りたいと、松の陰でじっと見た▼米艦載機の機銃掃射、振り向いたら操縦士のYankeeの顔。はっきり見た▼開戦前からあった別荘は河和の航空隊の将校らの宿舎に、馬車や木炭車で送り迎えされているのを見た▼玉音放送を家族が聴いているのを見た。
 突然のように、赤とんぼも竹やり訓練も機銃掃射もなくなった。

3人の中で一番下の、開戦の前年に生まれた少年は成長して5歳に、「白い砂浜と松林がこんなにもずーっと続いているものだったのか」と想い‥改めて龍宮海岸を見た。一番上の少年は、海水浴客が戦前と同じ位に戻ってきつつある‥のを見た。

 昭和25年富貴観光協会設立。『海浜館』、『乙姫劇場』、沖の飛込台など、遊園地のように変貌した海岸を少年たちは見た。富貴駅から吐き出された人々が龍宮城を模どった門をくぐり海岸に押し寄せてくるのを見た。土、日のアトラクション、盛大な仮装大会、夜は映画会など、見た。全国放送の『NHKのど自慢素人演芸会』、乙姫劇場で司会は宮田輝てる、伴奏はアコーディオンのみ、聴衆は1,000人超、見た。昭和28年夏が終わるころ、台風13号でほぼ壊滅した施設の無残な海岸の光景を見た。
 昭和29年、武豊町との合併行事で富貴小学校から武豊までの提灯行列に参加。新しい『武豊』を見た。
 今年、町制70周年記念『NHKのど自慢』が8月11日『ゆめたろうプラザ』であった。70余年ぶりの『のど自慢』、かつての少年たちはTVで中継を見た。「夏の龍宮海岸で〈見た〉様々な光景を懐かしんだ」という。皆「平和が長く続いていてありがたい」とも。
 真ん中の年のかつての少年は「あしたはデイサービスだ」…。
                 伊藤 明德