海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
ちょっとおじゃまします
 常滑焼の世界へ山中さんを誘ったのは、知人の紹介だった。生まれ故郷の石川県では仕事が見つからず、美大卒業後はすぐに常滑に来た。当時の常滑は、陶器のおもちゃを海外に輸出していた。山中さんは、犬や猫などをデザインする原型師のような仕事をしていた。絵付けもしていた。そのおもちゃは面白いように売れ、生産が追いつかないほどだった。常滑は活気にあふれていた。だが、山中さんはデザイナーとして活躍する一方で、何かが違うと、悶々とした日々を過ごしていた。
 40代になり、卸屋さんの友人ができた。友人に誘われ、急須に彩色を施す仕事に出合った。この時、心の奥深くに秘めていた探究心のようなものが噴出したのかもしれない。自分で写生したものを図案化し、急須に彩色をする。それまでは彫りが主流だった常滑焼の急須にとって、山中さんの彩色を施した急須は革新的だった。珍しさもあって、爆発的なヒットとなった。
 年齢を重ねた今でも頼まれて彩色の仕事をしている。やっぱり、絵が好きなんだよという。自らの感性と美意識にこだわりながら、イメージを絞り込んで、季節の花であったり、動物であったりと、彩色をする。その急須は、使う人が主役となり、使う人の個性を引き出す急須となっているようだ。
 山中さんの仕事場を覗けば、一生続ける仕事が見つけられたことは、男性にとって一番だよ!と、山中さんの流れるような筆先が話しかけているようだった。
(赤井伸衣)