海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 「貧しかったために子守の仕事をし、仕事がないときに小学校に行くと自分の席がなくて悔しい思いをした」と明治生まれの母は、よく言っていました。だからこそ、子どもたちには勉強させたい思いが強かったようですが、決して今でいう教育ママではなかったと思います。
 いろいろの母親がいて個性たっぷりの子どもたちがいるからこそ、楽しく集団生活ができるのだと思います。

私のお母さん
           M・N女

 私のお母さんは、いつも夕食は同じような物ばかり作る。たまに私が「料理の本でも見て作りや」と言ってもだめ。図書館で料理の本を借りてきても、目を通すだけ。借りてきた本を見せて「作ってね」と言うと二日ぐらいしてから作ってくれる。
 一度でいいから、おどろくような物を作ってくれないかな。

ぼくのお母ちゃん
           K・A男

 ぼくのお母ちゃんは、ぼくたちがわるいことをするとすぐにおこります。おこるときは手でたたかなくてほうきやそころにある物でたたきます。でも、だいたいほうきです。弟はお母ちゃんに一遍アルミニュームでできたおもちゃで頭をたたかれて血が出たことがあります。ぼくたちがお母ちゃんに「なんで、手でたたかん」と言うと、お母ちゃんは「手でたたくといってえもんで、ほうきでたたくんだわ」と言います。おこるとこわいけど、とても元気のいいお母ちゃんです。

ぼくのおかあさん
           Y・R男

 ぼくが家に帰ると、いつも「早く塾にいきなさい」と言う。ぼくは「行くでええわー」と言う。ぼくは、行きたくないのにと思った。でも、少しわからないところがあるからなと思いながら行く。
 学校が終わると、時々帰りたくなくなる。その時、ぼくは頭におかあさんの顔が浮かんでくる。でも、少しのことをわかりたいからちゃんと行きたいと思った。

私のお母さん
           I・M女

 お母さんはとってもよく働く。工場で働いた後、すぐに夕食のしたくをする。
 時々おこったような言い方で私たちに言うけれど私たちは全然聞いていない。
 とてもおっちょこちょいなおもしろいお母さん。空だきしたり、ソースとおしょうゆと間違えたりする。
 そんなお母さんでもふとんの上ではとても幸せそう。