海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 ねこの思い出を一五七号で書いただけでは何か物足りなさを感じていたので、「ねこを飼う」パート2をお送りします。

餌につられて

 鮮魚を入れたトロ箱を、自転車の荷台に二〜三箱積んで魚屋さんが来ると、どこからともなく、あの三毛ねこ「ミィー」がシッポを立てゴロゴロとのどをならしながら、母と一緒に買いに行くのです。自転車の下で、時々「ニャー」と魚を催促していました。これまでもねこの大好物の魚をもらっていたからでしょう。いいお客さんです。
 子どものころは氷がめずらしかったので、私たちも氷をもらいに駆けていきました。冷たいのをがまんしながら、小さい氷のかけらを頬ばったものです。
 ねこのミィーが畑に行く母についていくのも、考えてみると餌をもらえるからだったようです。

甘えてくれるのは

 私が食べ物を持っている時や食事の時でした。食事の時、ミィーに食べ物をやってはいけないと、母にきびしく言い付けられていました。食べ物を少しでもやると、食卓に乗せた食べ物まで取ってしまうからです。
 ねこは、私たちが食べるより先にご飯(ねこまんま)をもらっていたのです。だから、がまんができたのかもしれません。
 冬のころ、寝ていると、枕もとでゴロゴロとのどをならして隙間をさがしてふとんの中に入ってくるのです。私もねこと寝ると暖かいから隙間をあけてやります。ミィーが鳴かないのは、母に叱られるからです。
 いつだったか、ミィーが子を産むからふとんに入れるなと言われていたのに禁を破ったものだから、夜中にふとんの中で子を産み、大騒動をしたことを時々思い出します。

やぎの乳で

 死んだねずみをミィーが食べ、乳飲み子を残して死んでしまいました。幸い一匹残していたので、ミィーの血筋は受け継がれました。子ねこがご飯を食べられるようになるまで、近所にやぎの乳をもらいに行きました。
 玉をとって遊ぶ子ねこの姿は母親がいなくても同じでした。でも、母親から教えられなかった分、私の手に歯を立ててかぶりついたり、つめを立てたりする仕草は野性味丸出しでした。それが功を奏したのか鳥や野うさぎを捕って帰るといった狩人に育ちました。