海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 前号で「月遅れのひな祭り」をよい思い出として書きました。その裏では、他地域の子たちと谷をはさんで口汚くののしり合ったり、石を投げ合ったりして陣取り合戦をやっていたのです。その口汚いののしりのなかには、揶揄や差別をもった言葉がありました.二・三人でその集落を通る時、襲ってこないかと、恐る恐る小走りで通り抜けたものです。

 いまそうした人間関係もなくなり、よくなっているのですが、よき伝統行事もなくなってきていることに一抹のさびしい気持ちを抱かずにはおれません。
 「駄菓子屋さん」シリーズで取材したときに同じようなことを感じました。
 地域ごとにあったころには、子たちの行動範囲は近所の駄菓子屋さんを中心であったようです。例えば、北条の駄菓子屋さんはよく行ったが、他の字(あざ)の駄菓子屋さんは行ったことがない。または、他の字の友達の家に行ったときに友達に連れていってもらった。塾やお稽古帰りに寄っておでんを食べたということをよく聞きました。
 駄菓子屋さんも隣近所の子たちが来ることによって安心して商売ができ、子育てもできていたようです。 そのころの子たちは「他の字の駄菓子屋さんに行くことは、非常に勇気がいったものだと思います。特に自分の校区に駄菓子屋さんがなくなり、いろいろな禁を破り、常滑西小学校区の駄菓子屋さんに社会見学のおやつを買いに行くことはやはり勇気のいる行為だと思っています。しかし、子どもたちの顔を見ると、さも得意気な顔で自転車に乗って帰っています。近所に駄菓子屋さんがなくなったいま、子どもたちは何の抵抗もなく行動範囲を広げるようになったのも誰ともなく、縄張り根性もなくなったからでしょう。
 岩川芳郎氏が「昔、どこで誰がでもなく、揶揄を言っていたこと」を綴ってあるのを三つ紹介しますので遠い記憶の隅にしまっておいてください。