海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 初詣で賑わう正月である。ふだん疎遠な人も、このときばかりは「神頼み」に行く。だが、この人は、「感謝」を伝えに神社に赴く。
 カリスマ営業ウーマンとして、女性向けビジネス書の火付け役ともなった和田裕美さん。
 人と人とのコミュニケーションに主眼を置いた営業力はもちろん、和田さん提唱の陽転思考〜未来が明るくなる考え方〜は、幅広い人に支持されている。

 その一方で、神社めぐりは、生活の一部だ。近くの氏神様を含め、日本中の神社に参拝している。『いつもありがとうございます』と伝えるために参拝している。和田さんにとって、神社は、自分の変化に気づける場所、充電の場所、原点に戻る場所、決意を固める場所だ。

神社は「ありがとう」を言うところ
 和田さんが対談場所に選んだのが、江戸っ子の氏神さま神田明神。「神田明神はすごい神社なんですよ。東京大空襲のときも、周辺はすべて壊滅状態だったのにここだけ無事でした。昔からエネルギーの高い場所だったようですが、すごい力で守られているんでしょうね」と最初から嬉しそうに語る。しかも対談日が「おついたち」と気づき、「あ、そうか!おついたち参りだったんだ。神様に導かれた対談のような気がします」と、さらに口調は弾む。しかもいでたちは、上が純白のブラウス、下が赤のスカートと、完全巫女さんルックで決めてきていた。
 和田さんがこれほど神社を好きになったのは、祖父の影響だ。幼い頃、共働きでほとんど家にいない両親のもとを離れて、祖父母と暮らしていた。祖父母の家の近くにあったのが「吉田神社」。祖父と毎日のように、散歩しながら吉田神社にお参りしていた。
 あるとき、素朴な疑問を祖父に投げかけた。『(神様に)何もしてもらっていないのに、なぜ御礼を言うの?』祖父は、こう答えた。「毎日、ご飯を食べられる。布団で寝られる。お風呂に入れる。あたり前に毎日あるものにも“ありがとう”と感謝せんとアカン。今はわからなくても、“何かを乗り越えるとき”に、きっとわかるときがくる」「お礼言えるようになったら、心の痛みも消えるんや。頭を下げて感謝することだけは忘れたらアカン。自分の中にいる神様にお礼するんや」。

 本当にその意味を理解したのは、母が亡くなってからという。28歳のとき、東京に来た母が、和田さんの部屋で倒れて急死した。その三か月後には祖父も亡くなり、どん底の気分の中で神様との向き合い方が変わってきたというのだ。「神様は困ったときにすがる存在ではなく、日々の感謝の気持ちをもって一緒に共存するものなんだとわかった」
 悲しい出来事をきっかけに気づきが生まれた。「営業で成功して、がんばれば結果がついてくると驕っていた。でも人の死は、自分がいくらがんばってもどうにもならない。人の手には負えないことの大きさに気づかされた」。だから、生きているだけでもありがたい…感謝の気持ちでお参りするのだ。

母の魔法のことば
 京都生まれ。幼いころは、辛気くさく、おとなしく、人と話すのが苦手だった。姉は、なんでも出来た優等生で、バレー部のエースアタッカー。和田さんはといえば、勉強も出来ず、万年補欠のバレーボール部員だった。
 大学卒業後上京し、アパレル会社での営業事務を経て、もっとお金が欲しいという単純な欲から転職を考え辞職。しかし、応募した会社すべてで不採用になってしまう。諦めて実家に帰ろうとしていたときに、外資系教育会社ブリタニカで営業職の仕事と出会い、入社を決めた。
 スタートは落ちこぼれの新人で、結果が出ない苦しい時期を過ごすことになる。しかし、客からの感謝の言葉をもらう喜びから営業の仕事の面白さを感じ、自分なりの営業スタイルを作り上げた。紹介契約が全体の4割、プレゼンしたお客様の98%から契約をもらうという「ファン作り営業スタイル」を構築した。
 24歳で、劇的に人生を変えたのだ。「陽転思考」を身につけたのだ。コンプレックスをガソリンにしたのだ。「明るいほうへ、幸せになるほうへ」ギアチェンジした。マイナスオーラに影響されるより、自分のプラスオーラで影響を与えたらいい。楽しく振舞っていたら楽しくなってくる。自分のためだけにがんばらない。誰かのために頑張ってみる。そんなお節介をしようと考え方を変えた。そうしたら、風向きが変わったのだ。
 短期間に昇進を重ね、女性では初めて、2万人に1人と言われる代理店の支社長となった。その後、最年少の営業部長となり、全国20支店、100人を統括する立場となったが、2001年、ブリタニカの日本撤退に伴い、すべてを失う。
 しかし、和田さんは挫けなかった。株式会社ペリエを設立。営業コンサルタントとして業種を超えた組織作りに携わり、陽転思考を説く講演で全国を飛び回っている。

 和田さんの母は、自由奔放で、外出が多く、付き合いも派手で、あまり母親らしくない人だった。「朝はずっと寝ていてお弁当も作ってくれないし、明日は学校行事があると言っても、明日は明日の風が吹くからわからへんと言って、母親らしいことは何もしてくれないんですが、それを凌駕するくらい明るくて、人間的に魅力的で素敵な母でした」。いつでも和田さんを照らしてくれるお日さまみたいな人だった。
 和田さんの書いた童話『ぼくは小さくて白い』(朝日新聞出版)は、母との思い出が題材になっている。何でも、諦めて投げ出してしまうアカンタレな裕美さんに、母は、いつも「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と励まし続けてくれた。「裕美は裕美でいいんだ」と、周囲と比べることも一切なかった。
 『ぼくは小さくて白い』の締めくくりに、母の象徴として、お日さまが現れるが、和田さんこそお日さまのような人だ。それもギラギラする夏の太陽ではなく、柔らかい冬の木漏れ日のような感じだ。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)
「言えなかったありがとう」
好評発売中

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月2回 第2、4金曜日 午後1時〜3時
 会 費:1回 2,250円(3ヶ月分前納制)
 問合せ:0569−35−0470

イネ・セイミ

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