海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 人生観に影響を与える出会いだった。育まれた環境は大きいと感嘆する出会いだった。そこに流れる穏やかな時間は、人柄そのものだった。深く豊かに洞察する教養は、一朝一夕のものではない。こういう生き方を真似しようと思っても、いまさら遠く及ばない。だが、足元くらいには近づきたいと思う出会いだったのだ。
 元内閣総理大臣、肥後細川家の第18代当主、細川護熙さ。1998年5月に政界を退くと、躊躇なく住まいを湯河原に移し、陶芸、絵画、茶事、読書、執筆に勤しみ、世間の人には、楽隠居、悠々自適と映っている。だが、何も考えず、「余生」を送っているわけではない。政治家をリタイアしてから「余り」の人生と考えたことはない。「明日は、御座なく候の気構えで、今日という日を、どう充実させて、いかに緊密に生きるか。何をなすべきで、何をなさざるべきか」思いをめぐらす日々を送っている。

いまも昔も「異風者」
 湯河原の敷地自体は、500坪ほど。斜面がほとんどで、平らなところは150坪くらいだ。そこに、およそ30坪の平屋が建っている。昭和初期の純和風の建物は、母方の祖父、近衛文麿が保養のために求めたものだ。祖父が亡くなった後、祖母千代子が80代後半で亡くなるまで、菜園いじりをして一人で暮らしていた。天真爛漫な人柄の祖母に惹かれて、中学生の頃から、護熙さんは、よく湯河原に通っていた。いつかここで暮らしたいと思っていた。少年の頃から、都会の喧騒より自然の中が好きだった。
 1938年、肥後細川家の後継ぎとして、東京に生まれた。守護の時代から数えると26代目に当たる。子どもの頃から「異風者(いひゅうもん)」(熊本方言)だった。みんなと同じことをするのが嫌いな変わり者だった。3歳の時に母が亡くなったこともあり、寂しさの反動かもしれない。人と交わるのが億劫な子だった。「よく総理大臣になったもの」と苦笑する。
 学校嫌いの問題児だった。中学校は、横須賀にあった栄光学園に進んだが、カトリック系の名門校で、厳格な教育方針が、バンカラな旧制高校体質の護熙さんには、合わなかった。中2のとき、ついに落第し、高校に上がる前に転校を勧告された。東京の祖父の家から通える学習院高等科に転入した。ここで、祖父から薫陶を受けたことが、大きい。祖父の書棚から抜き出した本をむさぼり読んだ。祖父のコレクションした美術品を見る眼を養った。祖父を訪ねてくる一流の教養人たちと交わった。
 高校2年のとき、母方の叔父、近衛文隆が、抑留中の収容所で亡くなった。劇団四季の「異国の丘」の主人公として、ミュージカルにもなった人物だ。自分がその志を継がねばという運命的なものを感じた。

 上智大学法学部を卒業した後は、朝日新聞記者となり、参議院議員から熊本県知事を務め、2期8年で退陣。その後日本新党を結成しブームを巻き起こし、第79代内閣総理大臣に上り詰め、さっと身を引いた。

一隅を照らしたい
 そして今、「不東庵」と名づけた工房で、轆轤に向かう。やきものを始めようと思ったとき、自分の感性にあう現代作家は誰だろうと考え、本や雑誌を見ながら調べた。奈良県在住の辻村史朗さんの作品が目にとまった。
 1999年4月初め、いきなり電話をした。こういう時、護熙さんは、肩書きやプライドは、まったく意に介さない。「押しかけ弟子」として居候した。轆轤の修行中、言われ続けたことは、「あほなオッサンやな」「あかん、ほかせ」。元総理大臣に対する気遣いなど感じられない容赦ない言葉が、むしろ心地よかったようだ。
 ちょうど一年ほどたったある日「もう来んでええやろ」と言われた。卒業証書をもらったと勝手に一人合点した。
 それからおよそ10年、井戸、楽、唐津、信楽など、10数種類のやきものを焼いている。自分の思ったようなものが焼けるようになった。
 最近は油絵に凝っている。いたずら半分で、陶芸に使う漆でキャンパスに、果物や仏画を描いてみた。面白かった。油絵もこんな具合にやれば描けるのではないかと考え、風景、人物、静物などを描き、はまった。
 茶室の「一夜亭」は、建築家の藤森照信さんに設計を依頼した。山裾の斜面を利用し、俳優座の道具係の方々に施工してもらった。気に入った枝や軸がかけられること、冬でも素足でいられるよう床暖房を入れる、薄暗くないこと、この3つを条件にした。工事から一ヶ月、杉皮葺きの草庵が完成した。すばやい工事ぶりにちなんで、小田原の「一夜城」に倣い「一夜亭」と名づけた。ここで、鍋をつついたり、本を読んだり、ときには昼寝もする。

 幼いころの学びが大切と痛感している。「勉強嫌いの私が、今、古典や漢籍、和歌に親しんでいる原点は、幼年時代の素読にある」。
 小学校にあがる前から、父から、論語、古今集、万葉集などの素読をやらされた。押入れや防空壕の中でも、ろうそくの灯のもと、毎晩続いた。出来ないと、割り箸で手の甲を叩かれた。当時は、父を恨めしく思っていたが、今は、教育の基礎を整えてくれたことに感謝している。人間性を高める道徳教育がなされていた江戸時代の精神が、細川家には受け継がれているのだ。
 次の世代に、今、伝えておかなくてはいけないことが伝わっていない。日本人としての教養として不可欠なものを身につけずに、外国語の習得ばかり考えるのは、いかがなものか…。日本の文化や歴史を知らない人が、外国でまともな会話や議論が出来るはずがない。
 いま、護熙さんは、一隅を照らす思いで、自分の「学んできたこと」を伝えていきたいと考えている。娘達からも、孫に色々と教えて欲しいといわれている。まずは、孫が遊びに来たときに、「一隅塾」を開こうかと思い始めている。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

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おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

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