海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

太宰から逃げていた
 もうすぐ桜桃忌がやってくる。6月13日、作家・太宰治が玉川上水に入水自殺した日だ。
 作家の太田治子さんは、毎年この日を複雑な思いで迎えていた。太宰治の娘と云われることについては、ずっと抵抗があった。60を過ぎた今になっても、まだその肩書が付いて回るのか、というのが偽らざる心境だった。太宰治の愛人である太田静子を母に持つ「宿命の存在」ということを、なかなか受け入れられなかった。「身も心も日記も太宰に投げ出して、太宰の中で生かされる自分を見出したかった」という母の言葉を聞くと、高校生の頃は、身震いして逃げ出したかったという。

 太宰作品から、ずっと逃げていた。読むと、心が重くなった。書いたのが父だと思うと、よけい苦しくて、やりきれなかった。ただ娘として、太宰のことが、正確には伝わっていないのではないかという思いもあった。
 太田さんは、去年の「太宰治生誕100年」を期して、それまで読まなかった太宰作品のほとんどを読み込んだ。そして、父・太宰治と、母・太田静子の二人の人生を描いた『明るい方へ』を出版した。父と母の人生に向き合う作業に一応の区切りをつけた。

自分の中の太宰
 太宰は、自分が選ばれた人だというプライドを持っていた。「自分の中にも、そういう嫌らしさはある」と太田さんは素直に認める。成人式の時、テレビで朗読する機会があった。「恥ずかしいですが朗読します」と言ったら、母が激怒した。「うまいという気持ちがあるから、そういう言葉が出るのよ」
 母は、太宰の欠点や嫌らしさは見抜いていた。だから娘の太宰的なところは、厳しく指摘した。母がいなければ、もっと太宰的になっていたかもしれない。母のまっすぐな気性に救われた。
 母は、太宰に対しても「サルスベリのように、くねくねと捻じ曲がっているから、男の子が生まれたら、真っ直ぐな樹、正樹にしたらいい」と直言した。太宰は、ほんとうにそうした。太宰は、良い部分、悪い部分にも体当たりしてくれる母のような存在が嬉しかったのではなかろうか…。
 母・太田静子は、九州の御典医を先祖に持つ、医師の娘として、滋賀県に生まれた。何不自由なく育った「文学少女」で、芸術至上主義の「モダンガール」だった。戦争中、勤労動員の時、まわりがもんぺ姿でも、サンダル履きの洋装で、世間体にとらわれない人だった。
 文学を目指していた母は、太宰の『虚構の彷徨』に魅せられて、太宰と出会う。母は、子どもを生後1ヶ月足らずで失い、25歳で離婚。一方、太宰は、21歳で心中した相手の女性を死なせてしまっていた。苦しみを共有出来た。文学を諦めようとしていた静子に、太宰は「日記」を書くことを勧めた。その「日記」が起点となって、『斜陽』は生まれた。その「日記」は、静子と太宰との繋がりを更に深め、そして娘・治子の誕生へと繋がってゆく。


天使も悪魔も
 太田治子さんは、1947年11月12日に生まれた。父が、玉川上水で心中する半年ほど前のことだ。生前、会ったことはなかった。名前は、父が本名・修治から一字取って付けてくれた。直筆の認知書もしたためてくれた。「この子は、私の可愛い子で、父をいつでも誇って、すこやかに育つことを念じている」父の唯一の子への思いを綴った言葉だ。この言葉は、太田さんのよすがになっていた。
 「『斜陽』を読めばすべてがわかる。これから女一つで子どもを育て上げたら、世間は初めて静子を認めてくれるよ」と、母に言い残した。生まれてきてよかったのだと思えた。
 少女時代は、文章を書くこと、絵を描くこと、朗読することが好きな子だった。特に朗読が好きだった。母の留守中、母の画集を眺めて、ひとり空想に耽った。母の洋服を着て、自作自演のひとり芝居もしていた。こうして、想像力が培われた。大学は、明治学院。イギリス文学に没頭した。卒業後、いったん就職するが、作家の道を志した。奇しくも、父と同じ道を選んだ。

 太田さんは、大正時代の童謡詩人・金子みすゞに魅かれている。だが、みすゞは、ある意味、太宰とは「正反対」の性格の人だ。太宰は、とにかく「一番でありたい人」だった。「いちばん」という言葉が好きで文章にも多用した。しかし、そんな自分に「自己嫌悪」も持っていた。「自己中心とエリート意識」、一方で、富裕な家に生まれたことへの「後ろめたさ」…。二つの意識のせめぎ合いに「魅力」もあった。「危ないけれど、愛おしい」矛盾の魅力に、読者は魅かれるのではないだろうか…治子さんは分析する。
 みすゞの詩の一節に有名な「みんなちがってみんないい」という言葉がある。太宰作品と向き合う過程を経て、ようやく太田さんも、みんなちがっていい心境に到達した。
 太宰は、天使と悪魔が共存する極端な人だ。だが、誰しも相反するものは持ち合わせている。太宰作品を読んでいると、人を決め付けて見ることがおかしいと思えてくる。いろんな人間がいていい。自分の中にも天使と悪魔は棲んでいる。ひとくくりには出来ない感情が渦巻いている。多様性を認めたらいい。「みんなちがってみんないい」と、太宰をようやく受け入れることが出来たのだ。
 年齢を重ねたいま、人間は、「自己愛の動物」だと思える。太宰はそれを正直に書いたのだ。同じ作家という生業を選んだ身としても、作家・太宰治の思いを理解出来るようになれた。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

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