海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

写真集が変えた
 堀内正美さんといえば、『鳩子の海』『七瀬ふたたび』『ウルトラシリーズ』などで、ナイーブな表情を見せながら、ちょっと怪しい役、屈折した役…個性あふれる役柄を演じてきた。このところは、俳優としての活動に加えて、ボランティア活動に力を注いでいる。阪神淡路大震災をはじめ、事故や事件で命を落とした人々の家族の語らいの場所を設けて、共に涙を流し、共に励まし合う手伝いをしている。

 1950年東京生まれ。父は教育映画の監督、堀内甲(まさる)さん。仕事漬けの父には遊んでもらえなかったという思いが強い。学校で父の作品が上映されると、友だちの「つまんねー」の声に身が縮む思いを繰り返した。
 小3の時、土門拳さんの写真集『筑豊の子どもたち』を見て強い衝撃を受けた。週刊誌のような体裁で、ザラ紙に白黒写真が掲載されている。劣悪な筑豊の生活はショックだった。自分の日常とのあまりの違いに驚いた。この時、自分の中で何かが変わった。その日から、新聞を読むようになった。
 高校に入る頃には、父への反発が、ますます強まった。文部省推奨の教育映画を作る父を体制側の人間として、許せなかった。本気で革命を起こそうと考えていた。大学時代は、学生運動に身を投じた。
 「安田講堂の戦い、ベトナム戦争反対、三里塚闘争…とバリケードを渡り歩いていたが、運動に限界を感じて、演技という虚構の世界に逃げ込んだ」。
 蜷川幸雄演出の芝居にショックを受け、蜷川さんのもとで演出助手をしていたら、ひょんなことから俳優としてスカウトされることになった。1973年デビュー。「現実を見ないように、仕事場と家庭の間を行ったり来たり」していた。
 俳優デビュー10年目の1984年、息子のアトピー改善のため、神戸へ移住した。「子どもにかこつけて東京からの逃避だった」。

震災が変えた
 神戸に移って10年たった1995年の1月17日。この日を境に堀内さんは大変身を遂げる。地震直後、堀内さんの足は、自ずと地震の前年からパーソナリティをしていた放送局ラジオ関西に向かう。被災地の安否情報を出す番組に協力した。思わず、被災者からの電話を取り「がんばろうね」と口にしていた。安否情報、生活情報のホットラインを市民レベルでも作ろうと、市民ボランティアネットワーク『がんばろう!神戸』を立ち上げた。震災6日後の1月23日のことだ。このスピーディーな動きを「支援でも奉仕でもない。可能性としての自分が行動に突き動かした」と振り返る。突きつけられた現実から逃避どころではなかった。

 ルールは、「自発的、自己決定、自己責任」。被災者が必要とする「ニーズ」と支援者が提供出来る「シーズ」を繋いだ。ポストイットに、次々、欲しいもの、提供出来るものが書き込まれていった。「学生時代バリケードを作っていたのに、今度はなくす立場に代わっていた。人と人の間の壁を取り払う役割を担っていた」。手の届かなかった『筑豊の子どもたち』が少しだけ近づいた気がした。
 震災前は、「ちやほやされることが嬉しく、仕事の数の多さが喜びだった」。震災後は、「仕事を与えてもらうだけで、ありがたい気持ちになれた」。震災前は「そこそこ」で生きてきたが、死を直視してからは「生きる真剣さ」が違ってきた。

 震災5年後の2000年に、神戸市役所の南隣にある東遊園地の一角に「1・17希望の灯」というモニュメントを建てた。碑文は堀内さんが考えた。「震災が奪ったもの〜命、仕事、団欒、街並み、思い出」「震災が残してくれたもの〜やさしさ、思いやり、絆、仲間」
 奪われたものも多いが、得たものも多い。次世代を担う子どもたちが、神戸に生まれてよかったと思える活動をしていきたいと考えている。
 2002年には、市民ボランティアネットワークは、発展的に《NPO法人阪神淡路大震災1・17希望の灯り》となり、代表になった。スタートは震災だったが、明石の歩道橋事故、池田小学校事件、JR福知山線脱線事故など、ほかの事件事故で亡くなった人や、その家族にも思いを馳せるようになった。
 死に対して一早く対応出来るのが神戸であるように思う。「絶望」を経験し「手を差し伸べてもらう」経験をする中で、皮膚感覚で哀しみを想像出来る都市になった。「哀しみを受け止め、涙を流して浄化出来る場が必要だ」と痛感している。うなずいて聞いてくれるだけの存在が求められている。

父が変えた
 若い頃、あれだけ反抗してきた父が10年前に亡くなった。死の間際「感性を覚醒しろ」と伝えられた。
 ガンで入院している父を見舞い、ボランティアで活躍していることを嬉しそうに話した時のことだ。話せなくなっていた父は、力の入らない手でメモ用紙に走り書きで「感性を覚醒しろ」と書いた。
 手術前日まで記していた父の日記には、自分の病状のことより社会への思いが綴られていた。家庭を顧みない父に反発していたが、父の感性は社会的な公益性に裏付けられたものだった。社会貢献活動との関わりが深くなった堀内さんは、常に感性を覚醒させながら活動していくことを肝に銘じている。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)
「言えなかったありがとう」
好評発売中

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

イネ・セイミ

 堀江実のポエムコンサートをCDでお届けします。

  詩と朗読
  フルート
  ピアノ
  構 成

  Disk1
  Disk2
 堀江実
 イネ・セイミ
 はちまん正人
 佐藤よりこ

 光のように
 花のように

 言霊に癒されるCD堀江実のポエムガーデン
 やさしい風がふいています。
 木々の梢は光っています。
 あなたの心がやすらぎで満たされますように。
 あなたの心に喜びがあふれますように。

2003年10月22日発売 CD2枚組 3,150円(税込み)