海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 居眠り盤音シリーズ
 読み出したら途中でやめられない本がある。通勤地獄の車内は、すぐさま江戸の街角に早変わりする。その夢中にさせられる本とは『居眠り盤音江戸双紙』シリーズ。現在21巻まで刊行されているが、合計370万部突破という勢いだ。
 主人公は、江戸は深川の長屋住まいの直心影流の達人、坂崎盤音(いわね)。相手の剣を真綿で包むように受ける居眠り剣法≠ナ、次々難敵をかわしていく。作品に再三出てくる表現で、その居眠り剣法を紹介すると、《春先の縁側で年寄り猫が日向ぼっこでもしているように微動だにしない》《その様子は、春風駘蕩として、力が入ったところがない。といって隙も見えない》となる。「長閑な人物像によって剣の場面すらも和ませたい」という作者の思いが去来する。

 豊後関前藩の中老の家に生まれた盤音は、藩政改革に取り組もうとしていた。その矢先、藩の内部抗争のあおりを受け、同じ志の親友を失う。それは、盤音と許婚との運命をも大きく変えてしまう。盤音は、浪々の身となり、江戸の長屋暮らしをする。長屋の住人や両替商の店の人たち、剣術道場の仲間など、盤音を取り巻く魅力的な人々が、物語に彩りを添える。悲しみを背負いながら、真っすぐに悪と向き合う盤音。剣の達人であることを誇らしげにせず、食事となれば、子どものように一心不乱になる盤音。そんな姿に、思わず拍手を送りたくなる。

 売れない作家
 居眠り盤音シリーズの作者、佐伯泰英さんは、1942年、福岡県北九州市の生まれ。家業は、新聞販売店だった。新聞販売店には、映画館の無料パスがたくさん届いた。それを最大限に利用してあらゆる映画を見た。「当時、浮世の憂さ晴らしは映画だった」 家業を継ぐ気も少しはあって、高校は商業科を選んだが、「ソロバンの玉を見ているだけで吐き気がして」日大芸術学部映画学科に進む。大学を卒業したものの、映画界は大不況で就職口がなく、CM制作の仕事につく。だが、それも釈然としなかった。
 1971年、大学時代の同級生で結婚したばかりの妻と二人、突然思い立って言葉も通じないスペインに向かう。
 「日本人とは、対照的な考え方の民族に興味をそそられていた。スペイン人のエネルギーを体感したかった」とはいうものの「二人とも向こう見ずだった」。そんな二人をスペインの人たちは、まるで江戸の長屋の人たちと同じように、温かく迎え入れてくれた。
 現地で子どもが生まれた。テントに妻子と暮らしながら、お気に入りの闘牛士をカメラで追いかける日々。「撮影していれば、何かが見つかるかも…」としゃにむにシャッターを押していた。
 しかし、資金も底をつき、弱音をはく手紙を母に書いたら、長文の返事が返ってきた。「男子が一旦、志を決めて行動を興したこと。泣き言を吐くものではない。異郷の地にあっても、佐伯家の先祖が、相良藩の武士であったことを忘れてはならない」と諌められた。母の言葉を目の当たりにして、「自分が納得出来るまでは、スペインにいるしかない」と矜持を保つことを思い出した。
 結局、スペインに4年滞在した。帰国後、闘牛士の写真集や、スペインを舞台にしたノンフィクションや小説を発表した。30冊あまり出版したが、いずれも初版止まり。「それでも書き続けた。書くことが精神安定剤だった」。

 超売れっ子作家
 いまを時めくベストセラー作家も、わずか8年前は、作家生命の危機に直面していた。長年つき合いのある編集者から「もう佐伯さんの本は出せないよ」と通告されたのだった。56歳の時だった。表情にこそ出さなかったが、ショックを受け、心中穏やかではなかった。そんな佐伯さんの心の内を知ってか知らずか、その編集者は、「残されたのは、時代小説か官能小説かなぁ」と二の矢を継いだ。「官能小説は無理だが、時代小説は書けるかもしれない」と一筋の光明を見る思いがした。
 青春時代、貸本で読んだ時代小説は、読書の原点だった。北九州の映画館で見た時代劇も残像としてあった。「よし書いてみよう!」その決意が人生を変えたのだ。
 最初に書いた時代小説『密命』は、初の重版となる。以来、書けば売れる、売れたら次のシリーズ依頼が来るというとんとん拍子状態に発展していくのである。合わせて10シリーズを手掛けていて、文庫本合計1000万部を突破した超売れっ子作家に変身したのである。人生、どこで何が待ち受けているかわからない。
 今やどの本屋さんにも、佐伯泰英コーナーが設けられている。「この人気は信じられない。他人事のようだ」と戸惑いつつも、「閉塞感の中で、時代小説の中につかの間の理想≠求めているのかな」と冷静に自己分析している。「何しろ八方塞がりの中で、自分自身がそういう小説を読みたかった」
 佐伯さんは、時代小説を書くことで、満員電車で通う同世代のサラリーマンへのエールを送ることを強く意識している。「会社でも家庭でも居場所を失いつつある男たちに、せめて電車の中の読書の間だけでも、現実の嫌なことは忘れてほしい」と願っている。

 執筆は、駿河湾を望む熱海の書斎で、ほぼコンスタントに一日原稿用紙20枚分。午前4時から書き始め、正午には執筆を終える。「筋も決めずに書く。ノミでコツコツ木を削る職人と似ている。書いているうちに自然に手が動いていく」
 うずたかく資料や書籍が積んである仕事場を想像していたが、さにあらず。あまり資料集めもしないらしい。古地図があればいいそうだ。江戸の町並みを想像しながら書いていく。スペインの闘牛シーンを彷彿とさせる剣術の描写、大学の映画学科で学んだ経験を生かした映像の細かいカット割りを思わせる描写が見事だ。
 「貧しくても無謀でも自由だったスペイン時代。書いても書いても売れない不遇の時代。この二つの時代があったから、いまの自分がある」
 ここまで書いてきて、ようやく気づいた。「春風駘蕩として、力が入ったところがない」なーんだ。これって佐伯さんのことではないか。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

イネ・セイミ

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