海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 CDから流れてくる流麗なピアノの音。冬の厳しさを知った上での早春の光のようなきらめきを感じる。この音が、左手だけで醸し出されているなんて、にわかには信じがたい。フィンランド在住の国際派ピアニスト、館野泉さんは、脳出血に倒れた後、左手だけでの演奏によって、見事に復活をとげた。

 音楽一筋
 館野さんは、1936(昭和11)年、東京に生まれた。
 泉とは素敵な名前だ。名付けの由来を開くと面白いエピソードがある。父は、為吉か多吉にしたかったらしい。母の反対で、日の目を見ることはなかったが、為吉か多吉だったら、ピアニストになっていたかどうかはわからない。

 母方の祖先は、仙台伊達藩で、7代にわたり、能楽をつかさどった家柄だ。そして、父はチェリスト、母がピアニスト、弟もチェリスト、二人の妹も、バイオリニストにピアニストと、音楽一家なのだ。生まれたところに音楽があり、楽器がある環境で育った。
 ごくあたりまえのように、5歳の5月5日からピアノを習い始めた。芸事を始めると良いとされる6歳の6月6日より、なぜか1年ほど早い。
 館野さんは、幼いころから、読書中や空想に耽ると、大声を出されてもわからないほど別世界に入ることがあった。小学校の担任に、母は、よく呼び出されて「授業に集中していない」と指摘されていた。しかし、母は叱らなかった。「枠にはまらなくていいよ。自分の心に素直であればいい」と言ってくれた。
 高校生の頃に、ピアニストで生きていこうと思い、東京芸大に進み、ピアノ科を首席で卒業した。そして、28歳の時、フィンランドのヘルシンキに渡る。ヘルシンキに行くと言ったら、回りから変わり者扱いされた。最初は1〜2年のつもりだったが、フィンランド人の声楽家を妻にし、向こうでの生活は、40年を超えた。

 北欧の音楽を積極的に紹介する一方、ベートーベン、シューベルト、ブラームス、ショパンなどの演奏で、世界各地を回り、3000回を超えるコンサート活動を続けてきた。
 中でも、開発途上国をよく訪れた。デリーで30年使われず、ほこりだらけのピアノを弾くはめになったこともある。ハノイで、窓を開け放しにして、雑踏を背景に弾くはめになったこともある。それでも、苦情を言わずに弾いた。
 開発途上国に好んで行ったのは、手仕事をしている人が多かったからだ。館野さん自身にも、ピアニストという手仕事職人だという思いがある。
 「心の中に浮かぶこと、考えること、喜びや悲しみは、すべて自分の手によって愛され、温められ、音楽となっ てピアノから溢れていく。生まれた音楽を、耳でなく手で確かめていく」

 突然の出来事
 ピアニスト生活40周年記念コンサートツワーが終わった直後の2002年1月9日のことだった。ステージ上で脳出血のため、倒れた。倒れるときは、ステージの上でと思っていたら、ほんとうにそうなってしまった。最後の曲の終盤、突然、右手の運びが遅れ出した。演奏終了後、床に崩れるように倒れたまでは覚えている。気がついたら病院のベッドだった。
 リハビリの結果、歩くことは出来るようになったが、右半身にマヒが残った。館野さん曰く「凍てついた身体」を持て余し、気力も失せた。
 「ラベルの左手のための協奏曲があるよ」という周囲のなぐさめの言葉を受け入れたくなかった。「左手だけの演奏なんて、くそくらえ!」と開き直っていた。
 退院後、あっけらかんとしていたが、すぐに回復すると思っていたのに、なかなか好転しない。「自分からピアノを取ったら何も残らないのに!」と苛立ちを禁じ得なかった。

 転機は、長男でバイオリニストのヤンネさんが持ってきた左手用の楽譜だった。ブリッジという作曲家の作品だった。それは、左手用の曲だということを感じさせなかった。曲を左手だけで弾いてみると、両手より無駄が無かった。凝縮されたエッセンスが詰まっていた。左手だけの演奏に、新たな可能性を感じた。
 それからは、左手用の楽譜探しをした。そうしたら、けっこう存在したのだ。さらに、作曲の依頼もした。そして、2003年8月から演奏活動を再開する。

 左手の新世界
 左手だけで弾くと聞くと、五線譜は一段で簡略化されているのか、使われる音も半分だけなのか、低音部が多いのか、旋律はどうして弾くのかなど様々な疑問が沸く。
 実は、驚くことに、両手でやることを左手一本でこなすということなのだ。左手で、和音も旋律も弾きこなすのだ。親指と人差し指が旋律を担当出来る左手だからこそ、弾きこなせるとも言えるのだ。「和音も旋律も一つの手にまとまっていることで、かえって音楽がよく見えるようになった」という。
 「見た目だけで、二本の手で弾くピアノを一本で弾くと考えないでほしい。左手で演奏する独立した楽器だと思ってほしい。左手は、両手の半分ではない」
 演奏を聞いた哲学者の鷲田清一さんは、「どこかおおらかな、まろみのある音、ふくらみのある音。幻の右手が連弾しているとしか思えない」と語っている。

 館野さんは、「二通りのピアニスト人生が生きられると思えば楽しい」と言い切る。「音楽の本質を伝えるのに、両手も左手もない」とも思った。
 今の自分をありのままに見せる。そのとき夢中になれることをする。そうすると、いろんな扉が開いていく。左手が切り開いてくれた新しい世界が楽しい。「生きることが面白くなってきた」

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第4金曜日 午前10時15分〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−58−1639

イネ・セイミ

 堀江実のポエムコンサートをCDでお届けします。

  詩と朗読
  フルート
  ピアノ
  構 成

  Disk1
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 堀江実
 イネ・セイミ
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 佐藤よりこ

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 あなたの心がやすらぎで満たされますように。
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2003年10月22日発売 CD2枚組 3,150円(税込み)