海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 

 ロザンナ・ザンボンさんは、イタリア北部のスキオというところで生まれた。ミラノとベネチアの中ほどにあたり、アルプスの山々に囲まれた美しい町という。まさか、日本で暮らすなどとは、夢にも思っていなかった。
 ところが、音楽学院卒業と同時に、日本でミュージシャンとして活動していた叔父の勧めで、1968年に来日したことが、彼女の人生を大きく変えた。
 半年ほど歌って、お金をためたら、イタリアに戻るつもりだった。しかし、すごい出会いがあったのだ。デュエットのパートナーを探していた、ヒデ、出門英(でもん ひで)さんと巡り会ったのだ。会った瞬間、ロザンナさんはときめいた。彼の目を見て、この人と結婚する!と運命的な予感がした。まさに『愛の奇跡』だった。そのとき、ヒデ25歳。ロザンナ17歳。

 50歳は素敵

 そのロザンナさんも、1950年7月生まれだから、53歳になった。「50をすぎてから、心に穏やかな風が吹くようになった」という。とにかく毎日が楽しい。ふつうの何げない暮らしに充実感がある。しかし、そういう境地に達するまでには、紆余曲折があった。世代が変わる節目節目で考え込んだ。
 20代は、ヒデとの愛に一生懸命だった。それは、真夏の太陽のように激しい日々だった。30代は、子育てに追われた日々だった。「いちばんオバサンだったね」と苦笑する。そして、30代の終わりに、最愛のヒデを失う。泣き明かしたあと、40代に入って、「生き直そうと思った」。恋もしてみたが、結果として、ヒデとの愛の深さを確認することになっただけだった。
 50代に突入して、はじめは老いることへの不安もあったが、孫も出来て、命のつながりを実感すると、生きるのが楽しみになった。「どんなことにも、小さなことにも愛を注げる私っていいやつじゃない。いまの自分が好き」と心から思えるようになった。以前のように、イライラすることもカリカリすることもなくなった。肩の力が抜けて、これまでの自分を脱皮したように思える。「ヒデの亡くなったあとの時間は、神様が、私を一回りも二回りも成長させるためにくれたもの」かもしれない。「ヒデがいないから、今の私がある」とロザンナさんは、前向きに考えられるようになった。

 3つの宝物

 3人の子どもたちが、いい子に育ってくれたことは、ヒデに自慢出来ることだ。
 ヒデが生きていた頃は、気が張っていたのか、ガミガミママだった。よく手も振り上げた。ヒデが亡くなってからは、「いい顔するのをやめた。自分の弱みも見せられるようになった」わかりやすい親でいたいと思った。辛いことや悲しいことがあると、思いっきり泣き、涙が止まったら、陽気なマンマに戻った。″この子たちを守る″という一心で、いつも、本音で接してきた。
 長男の士文(しもん)さんは、28歳。ミュージシャンとして、ドラムをたたいている。22歳ですでに結婚もした。1歳8ケ月になる子どももいる。ロザンナさんの初孫は、空南(あなん)くんと名づけられた。
 士文さんは、ロザンナさんに向かって、折に触れて、優しい心づかいに満ちたことばを口にしてくれた。
 ヒデさんの病気のことを、誰にも言えずにいたロザンナさんが、一人で抱え切れず、長男の士文さんにだけ告げたところ、「ママと僕とでパパを守ろうね」と言ってくれた。

 朝のワイドショーの司会を引き受けるかどうか悩んでいたときも、「僕が弟と妹の面倒見るからさ」と肩を押してくれた。
 最高の決めセリフは、自分が結婚を決めたときだ。「ママ、6月17日をいい日に変えてあげるよ」これには、ロザンナさんもまいった。夫の命日を、息子の結婚記念日にするというのだ。「こう言われたら、結婚OKしないわけにはいかないでしょ」
 次男の来門(らいもん)さんは、25歳。やはり、ミュージシャンの道を歩んでいる。ロックバンドのボーカルを担当している。
 15歳でアメリカに留学したいと言い出したとき、ダメといいそうになった。そのとき、ロザンナさんは、自分が、日本に行くことになったとさの母親のことばを思い出した。
 「世界を見ておいで」と言ってくれたおかげで、今の私がある。「17歳の私を日本に送り出してくれたママを見習わねば」と思った。息子の可能性を、親のエゴで摘み取ってはいけないと、アメリカ行きを承知した。彼は、アメリカから帰国するたびに、「背丈も心も、筍のように成長していった」
 末っ子は、娘の万梨音(まりおん)さん。手放しで「美人よ!」と褒めたたえる。22歳で、モデルとして活躍している。「七光りは、使えるだけ使うのが、親孝行」とはっきりしている。″明るい引きこもり″だとかで、家にいるのが大好きな娘と、ロザンナさんは、ガーデニングをしたり、料理をしたりしながら、話に花を咲かせるのが、何よりの楽しみだ。
 ロザンナさんは、47歳で逝ったヒデさんより、6歳年上のお姉さんになってしまった。「おばあさんになって、向こうに渡ったとき、知らないって言われたら困るワ」と笑う。「でも、向こうでは、年は関係ないらしい。魂だけでわかりあえるみたい。魂にしわがよらないよう、しっかり生さていきたい」

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)