海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち

 真理さんの声
 職業柄、あたりまえと言われればそれまでだが、声の力は大きいと思う。ことばの力も大きいが、ことばが相手の心に届くかどうかは、声の力によるところが大きい。人は、声の響きによって、癒されもし励まされもする。この人の声を聞いていると、不思議と暖かい気持ちになり、明るく弾んだ気持ちになる。
 その人の名は、松永真理さん。初対面の時から、「松永さん」と呼ぶより、「真理さん」と呼びたくなる雰囲気を醸し出している。働く女性たちにとっても、その名を聞くだけで、元気になるという存在だ。
 松永真理の名は、手のひらの中の革命と言われる iモードの名付け親、iモード開発の立役者として、すっかり知れ渡っている。
 携帯電話は、耳に当てて通話するより、画面を見つめて、ボタンをピコピコ押しながら、メール交換をしたり、情報入手をすることのほうが多くなっている。いまやどこでもかしこでも見かける光景になった。自分の欲しい情報が、携帯電話の画面から入手できる。
 iモードのiにはいろんな思いが込められている。インフォメーションのi、インタラクティブ(双方向)のi、そして「愛」に通じるという語感もある。
 ご自身は、さぞかしメカに強いと思ったら、iモードも完全に使いこなせないという。逆に言えば、自分と同じように、普通の人が普通に使えるのを目標にしていたということだ。
 松永真理さんは、1954年、長崎県佐世保市生まれ。明治大学文学部から、1977年にリクルートに入社した。「就職ジャーナル」や「とらばーゆ」の編集長を務めた。そして自らがとらばーゆして、1997年から、ドコモ企画室長として、iモード開発に携わった。再びとらばーゆして、いまは、玩具メーカーのバンダイ社外取締役になった。ビジネスチャンスを逃がさないアイデアを提供しつつ、執筆や講演にも忙しい。
 「ひとつの形が出来上がると、次のことがやりたくなるみたい」という。いつも就職氷河期を経験した21歳の自分に戻ることが出来る。「何物でもない。ピュアな原点に立ち返る自分、挑戦する自分を大切にしたい」
 さぞかし、ハイヒールの音を高鳴らせ、肩で風切って歩く猛烈ウーマンかと思いきや、さにあらず。小柄な体に、いつも笑みをたたえ、キャリアを重ねた今も、可愛げのある女性なのだ。

 偶然と必然
 20歳までは、のほほんと生きてきたらしい。目標も持たず、とりたてて夢中になったこともなかったらしい。その真理さんも、就職試験にあたって、ついに目覚める。
 銀行の面接試験で、ほんの少しの問答の末、「あなたは銀行に向いていない」と言われ、人間性を否定された思いに、悔し涙を流した。二十数社、ことごとく落ちた。「世の中、なんて理不尽なんだろう」と憤った。そこで、真理さんは考えた。「自分は、何に向いているのか」と。

 「あれこれ思いめぐらすのが好きで、新しいことを作り出すのが好きで、数字より文字が好きで、女の子より男の子が好きで、となると・・・編集の仕事かな」
 おぼろげながら、自分のやりたいことが見えてきた真理さんは、当時、就職情報をビジネスにして注目を浴び初めていたリクルートを選ぶ。ここなら、仕事を楽しんでやれそうだと思った。
 実際、リクルートの社風は、仕事が嬉しい楽しいと思えるものだった。細かい管理がない。ルールを押し付けない。加点主義が貫かれていた。自由闊達な空気があった。
 新入社員としての配属先は、希望の出版部ではなかった。しかし、がっかりする真理さんを、「いつかはやりたいことに出会えるよ」と、暖かく励ます仲間や上司に恵まれた。
 入社4年目に、ようやくチャンスが巡ってくる。「とらばーゆ」の編集をすることになった。週刊誌のリズムが自分に合った。企画をどんどん出し、人脈をどんどん増やし、楽しく仕事をしていた。
 しかし、29歳のとき、再び望まない部署への異動命令。今度は、完全にふて腐れた。やる気を失い、辞職も考えた。結婚もせず、仕事にも乗れず、体調も壊した。29歳とはなんとも女性にとって、やっかいな年齢だった。その時も、「いま、決めなくてもいいんじゃないか」とサポートしてくれる良き上司に恵まれた。
 次のチャンスは2年後に来た。「就職ジャーナル」の編集長を任された。「ただし一人で、一年以内に黒字にせよ。さもないと廃刊」という条件付きだった。それまで培った人脈をフル活用して、外部スタッフを集め、難関に挑んだ。「これまでで最大の試練の場」だが、これを乗り切れば、新しい自分に出会える、キャリアの土台になると踏ん張った。
 そして、就職ジャーナルを軌道に乗せると、今度は、「とらばーゆ」編集長として、ライバル誌とのアイデア合戦に臨んだ。その仕事には、達成感や、成長感、人の役にたったと思える効力、人として嬉しいと思えることが詰まっていた。
 真理さんは、「プレッシャーよりプレジャー(喜び)を感じていたい」という。若き修行時代は、プレッシャーの連続だったが、後でその経験がプレジャーに変わっていることを感じることが多々あった。喜びを味わうために、適度なプレッシャーは、必要と思っている。
 真理さんの人生は、いつも偶然を味方につけてきたように思えるが、必然になるはずの偶然を、見逃さなかったということだろう。偶然を大切にしていれば、必然は自ずとついてくる。偶然と必然をどうブレンドしていくか、それが、その人らしさにつながるのではないだろうか。
■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)