海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち

 作家・遠藤周作さんが亡くなって今月29日で6年になる。夫人の遠藤順子さんは、月命日の29日には、府中カトリック墓地に眠る周作さんの墓参りを欠かさない。
 いたずら好きの孤狸庵先生は、いまもよく出没するという。「生前からサービス精神旺盛な人だったけど、亡くなってからは、あちこち自由に飛び回れるから喜んでいるみたい」
 かつての秘書の夢には、3回も登場したという。夫の親友が散歩していたら、頭上の木がカサカサ言うので、なんだろうと見上げると、「泣くなよ」という周作さんの声がどこからともなく聞こえたという。「なかなか私のところに現れてくれないけど、私の心の中に、しっかり入り込んで生きている」と、順子さんは微笑む。
 順子さんは、周作さんの死後、周作さんから出された「3つの宿題」と向き合う日々を過ごしてきた。それは、「死は終わりではない」「心暖かな医療」「日本人の心に届くキリスト」という3つである。
 ベッドサイドで、二人は「沈黙の会話」をかわしていた。亡くなる一年くらい前から、周作さんはほとんど話すことが出来なくなり、二人の会話は、握り合った手を通して行われていた。臨終の床で人口呼吸器が外されたわずかの間に、「光の中に入った。おふくろにも兄貴にも会ったから安心しろ。死は終わりではない」と周作さんの言葉が、握っていた手から、しっかりと伝わってきた。周作さんからの「死は終わりではない」というメッセージは、しっかり受け止めることが出来た。与えられた命を懸命に生きた人にとって、死は終わりではないのだと・・・。

  周作さんは、結核や糖尿病、肝臓病などで、10回の入退院、8回の手術を繰り返した。様々な体験に基づいて、周作さんは、「心暖かな医療」を求める活動をしていた。その意志を受け継いで、順子さんも、ことあるごとに、心のこもった愛のある対応を医療現場に求めている。
 手術を待つ周作さんの耳元に、「時間がないからやってしまおうか」という医師の声が聞こえてきて、やるせない思いになったことがあるという。周作さんが亡くなった直後、献体を申し出たら、医師が「ありがとうございます。冷凍庫で預からせていただきます」と言われ、開いた口が塞がらなかった。
 医師や看護婦にとっては、毎回のことでも、患者やその家族にとっては、一回一回が初めてのことだ。「苦しみや哀しみに慣れっこにならないでほしい」と順子さんは思う。
 ギリシアの医学の祖ヒポクラテスは「医はアート」といったそうだ。眠れない人を寝かせたり、食欲のない人に食べさせたりして、病人を励ます慰める技術のことを意味したという。しかし、現実は、患者の思いも家族の思いも無視され、医者の意向のみが独り歩きしている。
 著者や講演を通して、順子さんの考えに共鳴した人たちからの反響は、後を立たない。
 「人口呼吸器がつけられたままだったので、お別れが出来なかったことを死後数年経っても後悔している」。
 「まだ、心電図に反応があるのに、看護婦が葬儀屋さんの手配どうしますかと言ってきた」多くの反応を耳にするにつけ、夫の宿題に終わりはないような気がしてきた。 
 周作さんが人口呼吸器をつけてからもなぜ採血が必要なのだろうと疑問を抱いていたが、「人口呼吸の量の加減のために、採血が必要だ」と後になってわかった。そのことをやさしい言葉で口にしてくれていたら、受け止め方も違ったはずだ。
 入院中は、辛い検査が続く。「あと何分で終わりますよ!」と具体的な言葉かけが、どれだけ患者の気持ちをほぐすことだろう。
 順子さんは言う。「愛語迴天。愛のことば、暖かいことばには、天を動かすほどの力がある。」ちょっとしたひとことを、相手の身になって言えるかどうかが大切なのだと訴える。病院は、患者の体を直す場でもあるが、それ以上に心を癒す場であるべきだと考える。

 医師や看護婦が補いきれない部分をサポートしようと、周作さんは、入院患者の訴えに耳を傾ける≪傾聴≫のボランティア結成を呼びかけた。その名も「遠藤ボランティア」。今年、結成20周年を迎えた。「心暖かな医療」を推し進めるには、こうした地道な活動を積み重ねていくしかない。

 もう一つの宿題「日本人の心に届くキリスト」については、『沈黙』の舞台である長崎県外海町「そとめちょう」に遠藤周作文学館を、一昨年5月に完成させたことで、少しは順子さんの肩の荷が降りた。この場所を訪ねて、日本人にとってキリスト教とは何か、信仰とは何か、神とは何かを考えるきっかけにしてほしいと、順子さんは願っている。

 宿題はなかなか片付かない。夏休みも終わりがけの8月30日になって、忘れていた宿題を思い出したような心境だと言う。いずれ周作さんと再会することになるが、そのとき「あんなにいい宿題出したのに、まだやっていないのか」と小言を言われる再会だけはしたくないと、順子さんは思っている。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)