海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち

 2つの誕生日
 ワールドカップの期間中は、サッカーファンにはもとより、サッカーのルールがわからなくても一喜一憂しながら、声援を送った人が多かった。そのワールドカップを格別な思いで見つめた人がいた。サッカー解説などスポーツエッセイストとして活躍している羽中田昌(はちゅうだまさし)さんだ。
 羽中田さんが、サッカーへの思いを熱くしたのは、サッカー少年だった小学校4年のときだ。当時の西ドイツで行われたワールドカップをテレビで見ていて、オランダ代表のヨハン・クライフのプレーに目を奪われた。優雅にドリブルする姿は、グラウンドで蝶が舞っているようだった。西ドイツ対オランダの決勝戦の日、ヨハン・クライフに感動して泣いてしまった。「いつかワールドカップの舞台に立ちたい」少年の夢は膨らんだ。
 羽中田さんは、ユースの日本代表候補になるなど、日本サッカー期待の星として活躍していたが、不慮の事故に遭遇して車椅子での生活を余儀なくされた。しかし、いまもサッカーに対する情熱は衰えることがない。

 羽中田昌さんは、1964(昭和39)年、東京オリンピックの年に山梨県甲府市に生まれた。サッカーを始めたのは、小学校3年生からだ。来る日も来る日も、サッカーボールを追いかけ、サッカーの強豪・県立韮崎高校に進学した。のちに中田英寿も入る学校だ。一年からFWのレギュラーとして、全国高校選手権3年連続ベスト4の原動力となった。ユースの日本代表候補にも選ばれた。
 大きな事故に見舞われたのは、まさに、さぁ、これからというときだった。
 大学浪人中の1983年、バイク事故で、ガードレールに背中をしたたかにぶつけ、脊椎を損傷する大怪我を負った。事故直後「なぜ俺だけがこんな目に遭うんだ!」と叫んでいると、白いエプロン姿のおばさんが、「世の中悪いことばかりじゃないよ」と言ってくれたことばをはっきり覚えている。そのことばは、その後絶望しそうになったとき、いつも思い出す心の支えとなった。
 羽中田さんは、誕生日が年に2回ある。一つは、母の胎内から出てきた7月19日。もう一つが、事故に遭遇した8月7日。この日、新しく生まれ変わったと羽中田さんは思っている。「来年は、車椅子生活20年の成人式。まだまだ若いでしょ」と笑って話す。

 事故の後、サッカーのことは諦めた。考えないようにした。
 1986年に、山梨県庁に入り、税金や統計の仕事を任された。「サッカーの羽中田は終わった」と自分で自分に言い聞かせ、慣れぬ仕事だったが、懸命に取り組んだ。
 1989年には、「まーくんが車椅子に乗っていること忘れちゃうの」と言ってくれた高校時代のクラスメイト、まゆみさんと結婚した。
 ひょっとしたら、歩けるようになるかもしれないと、中国に2年間、二人で気功治療に出かけた。これは、結果として、車椅子の自分を受け入れる機会になった。「車椅子に乗って人生を楽しもう」と思えるようになった。

 車椅子のJリーグ監督
 そして、1993年のJリーグ発足。この出来事が、羽中田さんの気持ちをサッカーに向けさせる。「僕は、ここにいたかも知れない」と思うと悔しさが込み上げてきた。サッカーの世界に戻りたいと思った。妻のまゆみさんにその思いを告げたら、「まーくんには、県庁職員よりサッカーが似合っているよ」と言ってくれた。山梨県庁をやめる決断をした。
 グラウンドは、走り回れないが指導者なら出来る。車椅子の高さで見えることもあると思った。指導者になるため、サッカーをもう一度勉強し直そうと、スペイン・バルセロナに行くことにした。バルセロナを選んだのは、ヨハン・クライフが監督を務めているクラブチームがあったからだ。
 コーチングスクールやユースチームなどに通い詰めた。そこには、サッカーに対する理想がいっぱいあった。サッカーグラウンドにあるカフェでは、いつもサッカー談義に花が咲いていた。
 2000年の十月に帰国。スポーツエッセイストとして、サッカーの記事を書いたり、テレビ解説をしたりしはじめた。そして、スペインでの体験をもとに、『そこからはじまる』という絵本を出版した。あおぐという名のサッカー少年と、車椅子の監督の心の交流が暖かく描かれている。子どもたちに理想や目標を持ち続けてほしい。失敗を恐れて前に進めない人の背中を押したいという気持ちで書いた。
 絵本の中で、車椅子の監督が言うことばの数々は、そのまま羽中田さんのメッセージだ。
「僕は、車椅子に乗っているけど、自分の人と違う大切な個性だと思っているよ」
「失敗を恐れて何もしないことが一番の失敗だと思うな」
「下を向くな。空を見てみろ。そこからはじまるんだ」
 この本に描かれていることは、こうありたいという夢だ。子どもたちの指導者にもなりたい。ゆくゆくはJリーグの監督になりたい。そのためにも、Jリーグ監督資格が得られるS級ライセンスを取得したいと考えている。
 <監督は、世界中のサッカーを見て回った。車椅子に乗って、その目の高さから見た世界を子どもたちに伝えたかったのだ。監督は、足を使わず、心で立ち上がった>絵本には、自らを奮い立たせるように、そう書かれている。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)