海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち

 河合隼雄さんと、子どもの本について語り合った。2時間の放送があっという間だった。楽しく心弾むひとときだった。
 多くのリスナーから反響があった。放送中に届いたFAXは、二百通近くに及んだ。自分が子どもの頃読んだ本で忘れられないものを伝えてくるものがほとんどだった。七十を過ぎた今も、子どもの本が大好きで、いかにも楽しげに語る河合さんに、琴線を刺激されたようだ。

 なにごとも楽し
 河合隼雄さんといえば、臨床心理学の第一人者である。ことし1月からは、文化庁長官に就任した。公務に執筆に多忙を極める人だが、その忙しさすら楽しんでいる。

 文化庁長官になったときも、「文化は心を楽しくするものだ。文化を広めて、日本中を元気づける魔法を思案中」と笑顔で語っていた。
 河合さんは、兵庫県丹波篠山の出身。6人兄弟の5番目。丹波篠山の河合6兄弟といえば、つとに知られた存在だ。上から、外科医、内科医、動物学者の雅雄さん、歯科医、隼雄さん、精神科医と、秀才揃いの兄弟だ。
 忙中を縫って、趣味のフルート演奏の練習を欠かさない。本人曰く「大学生の頃、オーケストラで吹いていたが、あまりにもヘタクソなのでやめた。しかし、還暦が近づき、不得意なことに取り組もうと決意して、五十八歳から再開した。この年齢になっても進歩することがあると気づいた。人に教えてばかりだったが、教わることも参考になることが多い」これまた教わることにも楽しみを見いだしている。

 河合さんの好きな本
 河合さんが小学生の頃、教科書以外の本を読むのは土曜日だけという取り決めがあった。河合さんの父は、「本を読む子は悪い子、外で遊ぶのは良い子」と考えていた。
 土曜日の放課後になると、雑誌『少年倶楽部』を兄弟で取り合いで読んだ。兄たちが連載を切り抜いて、冊子にしてくれた。『怪傑黒頭巾』を読んでは、兄たちと黒頭巾ごっこをしたが、いつもやっつけられる役だったそうだ。
 顔を寄せあって一冊の本を覗き込む兄弟の姿、野山や路地裏を駆け回る兄弟の姿を想像するだけで楽しくなってくる。

 戦時中、河合さんは、公然とは口に出来ないが、戦争に疑問を感じていた。国の為に死ぬのが偉いという時代風潮の中でも、「人を殺したくない。死ぬのは嫌だ」と思っていた。
 そんなときに読んだケストナーの『点子ちゃんとアントン』には深い感銘を受けた。ケストナーは、本の中で「みんなが期待していても、出来ないことは出来ないというのが勇気」と説く。「自分が嫌なことはしない勇気」を、ケストナーの本によって教えられた。
 この本を読んだ後、長兄に自分の考えを手紙で質したところ、「日本中の男が全員軍人になったら国は滅びる。自分の好きなことを一生懸命やることが、国の為に尽くすことだ」と答えてくれた。長兄の示唆に胸をなでおろした。
河合さんは、京都大学を定年退官するとき、最終講義で一冊の絵本を読んだ。それは、長新太さんの『ぶたやまさんたらぶたやまさん』。チョウチョ取りに夢中になっているぶたやまさんの背後に様々な危険が忍び寄る。しかし、ぶたやまさんは、後ろを振り向かないので気づく術もない。後ろを振り向いたときには、何もいない。

 河合さんは、この絵本を通して心理学を志す学生たちに、「真実はなかなか見えない」「人の心理がわかったつもりになってはいけない」と言いたかったのだ。ひとりよがりにならず、周りの≪気配≫にも敏感になるように言いたかったのだ。

 子どもだけのものにあらず
 子どもの本には、様々な魅力がある。
 河合さんは、善と悪、男と女、大人と子ども、というように、ものごとを二つに分けて考えるのを好まない。子どもの本には、そういう垣根を取り払う力がある。
 動物、山や川、月や星・・・、自然界とも深い関わりが持てる。空想を巡らせながら、これからの人生の体験の場にもなる。
 児童文学は、児童のため、子どものための文学と思わないほうがいい。「子どもの目」を通して見た世界が表現されている文学と考えたほうがいい。読者は、子どもだけに限定されない。大人も存分に楽しめる。

 リスナーからは、「どうしたら子どもが本好きになりますか」という質問が多かった。「子どもに、本を読みなさい!といっても無理なこと。たくさん買いためても無駄になる。さりげなく書棚に並べておくか、部屋のどこかに目につくように置いておくと、おのずと読み始めるもの。親が面白がって読んでいる姿を見せるか、”こんな難しい本は読んでもしかたない”と言うと、かえって読みたくなるものだ」
 「本が嫌いなら無理して読まなくてもいい。それより何でも自分の好きなことに打ち込んだほうがいい。そのうち、自分の好きな分野に関する本を読むこともあるだろう」
 私が、次々届くFAXを読み上げると、河合さんは、そのつど「ほぉー」「へぇー」「はぁー」とあいづちを打って聞き入っていた。一つ一つと、丁寧に向き合いながら、全国のリスナーと対話している気分になったらと、大いに感心していた。
 子どもの本は、わからないこと、難しいことをやさしく解きほぐしてくれ、感動や感激を与えてくれる。この日の河合さんも、難しいことばは、ひとつとして使わず、柔らかな物腰で、そして楽しげに語った。多くの肩書きを持ち、多くの実績を積み上げてきたにも関わらず、少しも高みにつかない。スタジオで全国のリスナーに語りかける顔は、孫に絵本を読む好々爺の表情だった。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)