海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 谷川徹三の文化的無地盤性克服の問題は日本の文化を深く知って日本の文化的地盤の上に西洋文明・機械文明を開花させるというものでした。しかしこう発想すること自体、既に谷川徹三の頭の中には日本文明と西洋文明との間に共通性の存在があることが解ります。文化的に共通性の無いところでは、どんなに優れたものでも「猫に小判」となってしまいます。
 そしてこの発想は常識のように思えます。日本人も西洋人も同じ人間だから共通性があるのは当たり前ですが、日本人と西洋人とでは「必要」において理解が違っていたようにこの常識は浅い理解と深い理解とでも違ってくるのです。深いところで理解する必要があります。谷川徹三はこの深い理解を目指して「文化的無地盤性」の問題を提起したのでした。
 少し逸れますが谷川徹三の師、西田幾多郎の『善の研究』について触れてみます。
 この『善の研究』は、日本独自の哲学を打ち立てたと評されていますが、それは少し違います。西田はこの本で仏教や儒教に培われた日本哲学を西洋哲学、とりわけドイツ観念論と重ね合わせて論じながら共通項として哲学(道徳)の目標は隣人愛の実現にあるとしたのでした。日本哲学も西洋哲学も隣人愛の実現を目的としていました。
 このことの全面的論証は後日に譲りますが、簡単に解る論拠を示して論証しましょう。『善の研究』の「善」は、カントが道徳哲学で目標とした「最高善」のことです。カントは隣人愛を実践する中で、「最高善」を目指そうと言います。それに対して日本仏教の道徳論も、「諸悪莫作・衆善奉行」(悪いことをせず、善いことをするのが人間)といいます。ともに悪を戒め善に生きようといっています。そこで西田は善に生きることこそ洋の東西を越えて哲学の課題と理解し全世界での隣人愛思想の一層の発展を願ってこの本を書いたのです。
 谷川徹三の文化的無地盤性克服の主張がこれと同じ位置にあることが理解できます。
 谷川の西洋人の機械文明の理解は「機械が人びとを労働の苦痛から解放させるため」に発明されたというものでした。しかし日本にはこの思想が欠けていました。この差を埋めるものは何か。谷川にとって深い理解を必要とする理由はここにありました。
 戦後、谷川はゲーテと宮沢賢治を研究します。そしてゲーテから、「人間のエゴイズムは世界に幸福をもたらすというエゴイズムになることによって、それはエゴイズムでなくなる」という思想を学び、宮沢賢治から、「世界全体が幸福にならなければ人間の幸福はあり得ない」という思想を学びます。両者は、自分の幸福だけでなく、みんなの幸福を考えていく生き方の大切さを説いています。
 谷川徹三はここに至って文化的無地盤性を真実に克服する道を見い出しました。谷川は自分だけでなく、みんなとともに幸せになる道、これの実現こそが人倫の道でありヒューマニズムだと言います。言い換えれば「隣人愛の道」です。この思想の中に機械は人間の幸せのために使用されるという概念が当然含まれています。
 谷川の功績はこの他にも世界平和論、美学論・哲学論などがあり多岐にわたっています。
 常滑市立図書館には「谷川徹三文庫」があり、又、生家の近くには谷川徹三が若い頃、訪ね勉強した正住院というお寺があります。

久田健吉(哲学研究者) プロフィール

1942年(昭和17年)生まれ。
66年愛知教育大学哲学教室卒業。
72年名古屋大学大学院文学研究科哲学研究教室修士課程修了。
74年大同高等学校(教諭)就職。2002年同校退職。
知多市や東海市の市民大学で講師を務める。
著書「私立工業高校復権宣言」(高校出版)。
中日新聞『ともしび』欄に「聖人の思想」を4回にわたって連載。
美浜町在住。