海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 スペイン国境の町エルヴァスからバスで2時間半、城壁に囲まれた古都エヴォラに着いたのは2/15土曜日の2時30分だった。(リスボンからはバスで1時間40分で来れる)
 ローマ時代の城壁の外にバスターミナルがあった。石畳をガラガラとバッグを転がし城壁の中に入って、予約しておいたホテルで荷を解き町に飛び出した。3時だった。空は青く、風もなく、温かい冬のエヴォラだ。5泊するスケジュールをたてていたほど来たい町だった。ローマ時代、中世、そして今。ひとつの城壁の中にそれぞれの時代を物語る建物が同居した、まるでそのまま博物館のような町だった。勿論、世界遺産に登録されていた。実は昨年2/3にこの町に来ていたが3時間しかいられなかった憧れの町だった…。
 昨年、帰国する前の日に一度エヴォラをアタックしていた。リスボンからバスに乗って余裕の1日取材のはずだった。が、写真家はバスが走り出すと同時にいつもの習性、熟睡。ガイド本を見ていたポーが叫んだ。『起きろ!けいちゃん!』あわてて下車。そこはエヴォラの1つ手前の町だった。違う町とわかるまでに20分以上かかり『ぎゃあ〜!』と写真家が叫んだときは既にバスの姿はなく、時刻表を調べてきて『バスは2時間後だってさ。どうする?』
 時間が勿体なかった。時を金で仕方なしに買った。写真家はタクシーの運転手と交渉。ポルトガル語ができなくても交渉成立までやってしまうのがすごい。
 タクシーでエヴォラに入り帰りのバス時間までの3時間で撮影取材。そんなことがあって、その時のエヴォラの印象が強烈だったため、今回は5泊を予定に組み込むほど余裕の取材時間をとっていた。
 名古屋からFAXで予約しておいたホテルにチェックイン。しかし…。

 「けいの豆旅日記ノート」
 [このホテルはガイドブックにも載っていた。でもヒーターはガタガタ鳴り、ちょっとも温まらない。シャワーはビタビタ。お湯はぬるい。抗議しにポーが行った。宿主は「これはお湯です」とそっけない。1晩でキャンセルしたよ]

 その日、泊まったホテルはこんな具合だったが取材は充実していた。
 アレンテージョ地方の中心地、エヴォラ。その中心がジラルド広場。広場は市民の憩いの場だった。いつも人々があふれていた。ここから放射状に石畳の路地が無数に伸びている。まるでクモの巣みたいに。その1つの路地を北東に向かうとカテドラルがある。12〜13世紀のロマネスクからゴシックへのかどきに建てられた大聖堂だ。中が凄い。八角形のドームが高く迫って、装飾された壁面の美しさが圧倒する。その調和美に声もでないほどだ。
 すぐ近くに15世紀に建てられたロイオス修道院がある。今は国営ホテルポザーダとして使われていた。ポザーダの中は宿泊しないかぎりなかなか入って見学できないがここは見学自由だった。長期取材の貧乏旅人にとってはオアシスみたいなホテルなのだ。なぜかと言うと…。

 「けいの豆旅日記ノート」
 [遅い昼食をジラルド広場のレストランで食べた。レシートを見てグサリ。サラダが8ユーロになっていた。チキンが6.5ユーロなのに。勿論「高い!間違いではないですか!」と言いにいったよ。5ユーロになったけれどそれでも高いよね。メニューにはサラダがなかったけれど無性に野菜が食べたかったんで頼んだ。それがいけなかったんだね。その後、ボザーダを見学。建物全体にヒーターがきいていてすごく広くてリッチ!いいな。ここで食べるサラダは幾らするのかな]

 3ユーロまけさせ、それでもまだ高いよという旅人だったからだ。
 ポザーダの前に2世紀末にローマ人により建てられたというコリント様式のディアナ神殿がある。昨年は中に登れたが、棚に囲まれ入れなかった。それが当然なのにと思う。すごい遺産なんだから。10本以上の円柱が青空に伸びてローマ神殿の威厳を今も保っていた。

 翌朝は近所のホテルをさがした。小綺麗で安く、シャワーのお湯の熱さも確かめ、決めた。そして、そっけないホテルに戻りキャンセルを告げた。30mの引っ越しを朝の9時にした。「これで、よし!」今夜の宿を確保したけいちゃんは心軽く身は重く?フィルムの数を確認して出陣だ。
 快晴。ぶらぶら地図を見ながら石畳の狭い路地を散策。ジャルダン公園に出た。冬なのに緑の多い空間だった。放し飼いの孔雀を見つけ写真家の仕事が始まった。もう写真家の放し飼い。満足するまでその場所から離れない。ポーは待つことを知っていた。絵を描いているドイツ人を見つけた。昨日、ポザーダのテラスで絵を描いていた人だった。ボンジィーア!おはようぐらいポーだって言える。写真家もやってきた。ポザーダに泊まり2週間のスケジュール旅行中だと判った。「羨まし〜!」とけいちゃん。アドレスの交換をした。
 ここにもピンク色に咲き誇るアーモンドの木があった。花をバックに記念写真を撮った。ドイツの人と別れ、音楽が流れてくる広場に向かった。アメリカンドリーム。メリーゴーランドがあった。回転する椅子で子供たちが奇声を発して楽しむ姿が青空に舞っていた。陶器の露店だけが4店整然と並んでいた。
 買って帰りたい器もあったがポーはやめた。荷は増やしたくなかった。
 城壁跡に咲くアーモンドの大木を見上げながら、サン・フランシスコ教会に向かう。16世紀に建てられた教会だが目玉は人骨堂だ。その数5000体が天井・壁にぎっしり。不気味だった。入場料1ユーロ。撮影代は0.25ユーロだった。でも教会の方は神秘的。天窓のステンドグラスの色彩が内部の柱や祭壇に投影され、その色合いにしばし現実を忘れるほどの感動に酔わせてくれた。夜食は中華店・財源酒楼。中華店を探して見つけた店だった。安くて量が予想できたから。たらふく食べて9.98ユーロだった。働く中国3世の女性たちも気さく。店内に流れるテレサ・テンの歌声になぜか泣けてきたポーだった。
 夕食の後、ジラルド広場で行われていた反戦コンサートを聞きに行った。何組か仮設ステージで熱演。200人ほどの観衆は夜空の下で繰り広げられる若者たちの歌に酔いしれ、そして広場はダンス会場になった。
 アメリカ反戦集会がダンス会場に。それがなぜか愉快に感じられ、気持ち良かった。広い広い市民の広場が星空の下で輝いていた。
 その夜は引っ越ししたホテルで熱いシャワーを2日分浴びてゆっくり眠った。

 翌朝。5泊の予定を2泊でエヴォラを切り上げ次の予定地モンサラーシュに行くことにしてバスセンターでバスの時間を確認した。13時発まで直径1400mのエヴォラの町を歩き回った。昨日は2万2千歩を歩いていた。町の北にあるカルヴァリオ修道院を目指した。
 宿から地図上では1000mはあった。路地から路地を抜け、幾つもの「ボンジィーア」を出会う人に投げかけ「ジャポネーズです」と答え、修道院に着いた。16世紀後半の建設だった。ドアのベルを鳴らして待つ。内部はアズレージョ(タイル画)で飾られ老いたシスターが親切に案内してくれた。無料であった。けいちゃんは5ユーロ帰りに献金した。当然、昼抜き。憧れのエヴォラを出発した。


杉澤理史・放送作家
主なテレビ番組・構成演出
・おばあちゃんのおごっつお!(200回)
・宮地佑紀生の歩いてこんちは〜!(98回)
・オイシイのが好き!
・ふるさと紀行
・今、ときめき世代
・ふれあい家族
「理恵ちゃんの夏」
「お神楽を復活させた子供たち・日間賀島」
(知多市新舞子在住)
山之内けい子・写真家
「愛しのポルトガル写真展・個展」
Part1〜10(後援・ポルトガル大使館)
・2001年9月ポルトガル取材
・2001年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2002年1月〜2月ポルトガル取材
・2002年3月ギャラリー・ル・レーブ
・2002年7月〜8月ギャラリー・ナポリ
・2002年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2003年2月ポルトガル取材
・2003年4月〜5月尾西市三岸節子記念美術館
・2003年9月JAギャラリー大府
・2003年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2004年4月〜5月ポルトガル取材
・2004年6月セントラルギャラリー
・2004年7月〜8月京都ムツミ堂ギャラリー
・2004年12月21日〜26日名古屋市民ギャラリー栄

(大府市共和町在住)

【山之内けい子・愛しのポルトガル・写真集】2002・ポー君の旅日記を出版。120頁。定価(税込み)2,800円。
申込先:オフィスPo
電話:090-6615-6300
FAX:0569-42-1097