海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 夢みたいな大きな虹の誕生に出会ったカステロ・ブランコから48kmに今回の撮影取材で写真家山之内けい子が一番楽しみにしている〔モンサント〕がある。
 バスで1時間半程で行けるがアクセスが要注意。1日2便だったり1便だったり運休もあり、たとえ行けたとしても帰りの便がなかったりと簡単に行ける所ではなかった。その日、2月20日は木曜日だった。2便あった。12時05分と17時15分発。
でも帰りのモンサント発は6時20分と7時20分だ。どう考えても行ったら泊まるしかない。モンサントにはホテルは1軒のみ。それもポザーダだから宿泊代が高い。90ユーロ(11,700円)以上だ。ガイド本にはタクシー往復35ユーロと書いてあった。泊まると思えば安いと判断した。『お金がないってつらい』節約家のけいちゃんの呟きだったが、「なければないで身に合った旅をすればいい」が持論だ。
 〔ま、いいか!〕
 『最高の虹に出会えたもんね』気持ちの切り替えも早かった。
 1泊45ユーロのホテル・アライアナの朝食を腹一杯詰め込み、9時に迎えにきてくれたタクシーに乗る。昨日バスターミナルからホテルまで運んでくれた運転手さんだった。
 「Bom dia!」
 『ボン ヂーア!』
 『おはようございます!』
 3つの声でいざ出発だ。雨上がりの道を時速110キロのスピードで走った。『そんなに急いでいませ〜ん!』とけいちゃんが叫んだら、通じたのか80キロに速度が落ちた。石畳の街を出ると水たまりが続く狭い田舎道だった。小さな村を通過。街路樹は実がなっているオレンジの木だ。村はずれを右折すると広々とした牧草地が続いた。また小さな村を通過。今度はオリーブ畑が延々と続いた。
 走ること35分。小高い山の上の雲間にモンサントの村が見え隠れした。
 タクシーの窓から見上げたモンサント。
 『どんな村だろうね。わくわくしちゃうね、ポー』
 急な山道を15分登ると中腹に駐車場があった。
 タクシーを降りてけいちゃんは息を吐いた。『寒いんだ〜あ』白い息だった。駐車場には古い大砲が1基あった。眼下に広がる平原に向いていた。駐車場はかつての要塞だった。1時間運転手さんに待ってもらうことにした。駐車場から急な板道を登った。村人第1発見者は両手に水が入った大きなペットボトルをさげ下ってきたおじいさんだった。『ボン ジーア』「ボン ジーア!」今日はじめてのシャッターをけいちゃんが切った。3分ほど歩いて左手にミゼリコルディア教会があった。石積みで造られたさほど大さくない教会だったが中に入ると以外に広く薄暗い先に祭壇だけが明かりに浮かんでいた。その前で祈る人が10人ばかり腰を折り両手を組んでキリスト像を見上げていた。神父の声が厳粛に響いてポーの心にしみ込んできた。『雰囲気にのまれるね』小声でけいちゃんが言う。
 教会を境に村の様子が変わった。建物も狭い道もすべて〔石〕造りだった。
 石を使って造った空間と言うより〔石〕そのものが家に組み込まれた、まさに造形美の村が展開していった。信じられない丸ごと石のアートだった。大きな自然が作った岩というより丸みを帯びた〔石〕と共存する〔村〕であった。なぜ眼下に広がる草原に〔家〕を建てなかったのか。広々とした〔庭〕もできたのに。
 それは〔戦〕であった。人間の歴史は〔戦〕から始まっていた。
 この村も、そうだった。〔戦〕に勝つには周辺が一望できる高台に限る。大きな石だらけの平地のないこの高台が必要だった。先人は石を生かした〔すみか〕を築き上げていったに違いない。苔むす大きな石と石に挟まれて家があった。石の大きさは2階建ての家より高く丸みをおび、苔が美しく覆っていた。狭い曲がりくねった石畳の道は山頂へと伸びていた。道は大石と大石の間をぬうように造ってあった。邪魔な大石を最大限〔生かした〕城砦の〔村〕だった。家はすべて石積みで造られている。人口は定かでないが200人程か。〔音〕がない村だった。静寂そのもの。村ができてから今日まで、ひっそり時の流れにゆだねて生息してきた〔村〕であった。
 モンサントは聖なる山であったという。1174年イスラム教徒を排撃。1190年テンプル騎士団の統治下におかれ、13世紀にはドン・デイニス王により城が再建されたという。
 この城を頂点にして村が造られていたのだった。 

 村の家々の上には今にも転げ落ちてきそうな大きな〔石〕が岩肌にしがみついている。地震でもあれば村はひとたまりもない。歩いて見上げても怖かった。
 けいちゃんのシャッターの音が止まらない。頼を少し紅潮させてファインダーを覗く眼は熱を帯びているようだった。石積みの囲いの中にピンク色の豚が一頭飼われていた。『食べないよね、ポー』村に入って初めて見た動物だった。狭い石畳を下っていたけいちゃんの前に山羊が石積みの家から突然飛び出して来た。おばあさんが振る棒に追われて坂道を駆け上がってきたのだ。びっくりしたけいちゃんは通りすぎていった山羊とおばあさんを追いかけた。10分ほど戻って来ないので心配したポーは後を追った。姿がなかった。やばい!少しポーは焦った。どこまで追いかけて行ってしまったのか。その時だ。石と石の狭い石畳を軽快に下ってきて『ラッキー!いい写真撮れたよ!ラッキー』ご機嫌だった。20歩先を歩いていたら出会えなかった山羊とおばあさんとの遭遇だった。ついていると言えばついていた。一日二万歩撮影の努力がくれたご褒美だとポーは思うことにして胸を撫ぜた。
 歩くだけなら30分あれば村を一回りできそうだったがすでに約束の一時間が過ぎていた。駐車場までこのまま下っていけば5分もかからない。でも、30分もかかってしまった。もう一度あのピンクの豚に会っていきたいとけいちゃんが言いだした。坂道を登り、下って再会だ。石の村とピンクの豚。けいちゃんの心のなかで何かが結びついた。そうポーは思った。
 「けいの豆旅日記ノート」にはこう記されていた。
 〔本には35ユーロと書いてあったのに料金表の様なものを見せられ43ユーロと1時間の待ち時間料10ユーロで53ユーロ。3ユーロまけてもらって50ユーロ。30分の遅刻は関係ないみたい。
 でもモンサントはすごくいい村だった。タクシー代は高かったけれど行ったかいがあった。何処を向いても石と家は緑の苔でいっぱい。1時間半でフィルムを10本も使ってしまった程よかった。ピンク色の豚がなぜか気になって、連れて帰りたかったよ。飼いたいほど可愛かった。食べないで欲しい!〕

 石の付・モンサントの坂道をゆっくり下った。
 ここに泊まって撮影を続けたかった。5月のノッソ・セニョール・ド・カステロ祭に来てみたいものだ。この静寂した村が大変身するという。広場に村人が集まりパンや菓子を焼き、にぎわうというのだ。そんな信じられない村人に会ってみたかった。草原を走るタクシーの窓からけいちゃんは何時までも、いつまでも雲間に見え隠れするモンサントを見続けていた。