海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
姪の就職2
 真三は一瞬、うかつなことを言ってしまったと息を詰め た。裕美は良夫を失って娘と二人で懸命に生きようとして いるのに、「なんて馬鹿なこと」を言ってしまったのか、し ばらく黙ってしまった。
 メモに目を落とすと、片方に新聞の切り抜きを貼っていた。
―「けんこう人生」と題する医事評論家の西来武治氏の連載の一部である。
 見出しに「生きがいこそ治療薬 精神と肉体の調和大切」とある。
 真三は当たり前のことだと思ったが、健太郎にはこのコラムがよほど気に入ったとみえ、ここにわざわざ貼っているのだろうと思いなおした。
 読み進むと、―ある禅の師家(しけ)は、自分の健康はもちろん、人間として生きる目的を感じない人を「無病の病人」といった。私はこの言葉を聞いて、脳天に大鉄槌をくらった思いで、しばらくショックから抜け出せなかった。
 真三もなるほどと思った。「頭痛の多くが心因性のもの」という指摘もあった。それで思い出したのが、息子がある時、母親が悩んでいることを知って「一度、精神内科を受けたらいいと」と言って、クリニックまで紹介していたことだった。その時は一笑に付したが、このコラムを読んで納得がいくような気がしたのである。
 「無病の病人」とは、言いえて妙であると真三は思った。病気ではないのに病とはいかに考えたらいいのか。そういえば、統合失調症についてのコラム(橋本亮太・大阪大学医学部准教授・精神医学)を思い出した。
 ―精神疾患は誰にでもなり得る病気だが、病気そのものに起因する苦しみに加え、場合によっては偏見とも戦わざるを得ない。その理由は、精神疾患の病因や病態が科学的に十分解明されていないところにある。最新の脳科学の知識や技術を駆使することにより、この部分はかなり補完されてきている。このような誤解や偏見を打破するための最新研究成果の一端を紹介された。
 精神疾患と言っても非常に多岐にわたり複雑でそれらの原因や治療法もわからないことが多い。これは主に脳の機能的な障害によって生じる疾患で遺伝子やストレス・身体疾患などの環境要因が複雑に関与して発症すると考えられているからである。
 一般に精神疾患のイメージ(アメリカの調査)は@感情の弱さによるA誤った親の養育B当人の責任、自分の意志で克服できるC治らないD罪深い行いの結果E生物的機能障害で脳に関与している―というようなこと(比率の高い順)があって、誤解されていることが多い。この中でE生物的機能障害で脳に関与している―が真実である。このように偏見を持たれているので、なんとか克服したいという内容だった。
 つまり精神の病はある意味で肉体の病よりやっかいではないかと思うのであった。多くの人は大なり小なりこの病にかかっているのだろうが、自分で克服しながら生きているのではないか。
 そのコラムによると、「どのような病気も早期発見、早期治療によって治癒、社会復帰している例は多い。この疾患は慢性の経過をたどりやすく、症状を訴えるごとに薬物を渡される。患者が訴えれば訴えるほど、薬の量と種類が増えるというのが実情である。患者は渡された薬を継続して服用せず保管していることが多い。我々が支払っている健康保険料の多くが無駄になっているのが現状である。その間に幻覚や妄想が強くなり急性期が出現してくる。そうなって大学病院の外来にやってくる―というのである。
 また、厚生労働省の統計資料によると精神科患者数は平成8年には約187万人であったものが平成26年に約282万人の1.5倍、さらにその傾向が続いている。よりよい治療を行うための基盤となる精神科医療費は大きく変わらない状態であるという。徐々に縮小される医療の中で全力を尽くしているが、このままでは今までと同じ水準の医療を行うことすら現実的に難しいといえる。それにもかかわらず医療の質の向上と効率化が必要であることはいうまでもなく、我々はこの一見矛盾した問題を解決することを期待されている。
 そこで我々は、新たな治療法・診断法の開発及び質の高い医療の普及を行うことにより、この問題を解決することができるという考えに至ったのである。新たな治療法・診断法の開発を目指した研究は時間がかかりすぐに効果が表れるものではないが、現在の問題点を根本的に解決し、精神科医療に貢献するものであると信じている。
 薬物開発も進展して、いまでは新しい薬クロザピンの開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになっている。この抗精神病薬は幻覚や妄想を抑制、興奮を抑える、考えをまとめる、気持ちや精神を和らげる、意欲の減退を改善する、再発を予防する―などの効能があるといわれている。
 真三が精神疾患医について思いめぐらしていると、向かいでややうつむき加減で思案している風に思えた裕美が口を開いた。
「お兄様は何を考えておられますの?」
 真三はわれに返った。
「いやー、このメモを読みながら精神疾患についていろいろ思い出しました」
「そうですか。躁うつ病などの、いわゆる精神病ですね」
「そうです」
「それは誰にもある症状ではないのですか」
「そうだと思います。ただ健太郎の場合、極端なあらわれ方をしたのではないかと思います。ある時、彼の同僚と話す機会があったのですが、ある同僚の送別会でみんなが内心思っていたが、最後の日だから当たり障りのない送別の挨拶をしていました。 ところが健太郎は『Aは上司にゴマをすって本社へ転勤することになったのだろう』と言ったものだから、送別会に参加していたひとたちはびっくりしたそうです」
「本当ですか」
「オーバーな話かもしれませんが…。ただ、さもありなんと思う面もあります。本音で話すことが正義だと思っている書生っぽいといいますか、幼児性が残っていました。この癖はあるときはすごみを帯びますが、失うものも多いと思います。どういう生き方がいいとか悪いということはできませんが、善家の人間には総じて彼に似たところがあると思います」
「人は言いたいことも言えず生きている人が大半ですよね。ところが突然、舞のように奇怪な行動に出る場合もあるような気がします」
「要するに人の心の内はまだまだ解明できていないと思いますね」
 裕美は化粧室に発ったので、真三はまた残りのメモを読んだ。
 舞の旅立ちと健太郎の恋人が重ね合うように思えてくる。
―恋人のメモ
 日本を捨ててインドへ行く。人がどう思おうといい。あなたが奥さんやらとも別れるなら、私もインドへ行かない。
 「さよなら」といった時間の激痛、「うそをつくな」という感情の高まり。人生のすべてをかけようとしている。一人の人間、その人間が選んだ相手が―私である。
 健太郎はメモっている。
「食事をしている間に、いつの間にか恋愛感情が芽生え、しかも彼女は内面でその思いが膨らんでいくことに驚きながらも、自分の感情がどうしようにもないことに気づいて悩み、苦しんだ。
 自分の胸の内に秘めておけないほどの感情の高まりが押し寄せてきた。言おうか、言うまいか。彼女を苦しめたのは妻子ある私を愛したからだけではない。インドにいるS坊さんのことですか」
「S坊さんは、私の助けにはならないわ。むしろ私が手を差し伸べる人。S坊さんは私に必要な人」と考える。
 私と彼女の間には肉体関係はもちろん、抱き合ったり、口づけしたことすらない。会っていることがすべてだったし、私には妻子ある身という強い自己規制とともに、妹と会っているようなつもりでいたのだ。もちろん、彼女にこんな思いをさせたのは私であり、私に大きな落度があったのだ。
 肉体関係をもったから責任をとるといったことではない。一人の男と女が偶然に出会い、話しているうちに好きになってしまった。男の側にそれでもなお強い自己規制が働いていたら、ここまでくることはなかっただろうが、ずるずるとやってきた。なんと罪深い男ではないか。この際、肉体関係があったかなかったかということは問題外である。そういう思いをさせ、悩ませ、苦しませたという事実があるということだ。
 彼女は言う。
「私が勝手に好きになったんだから、仕方がないじゃないの。好きになった私がどうするかは私の問題だし、私も私のことで健太郎さんが苦しんでいると知ってつらいし、健太郎さんと同じ気持ちだわ。健太郎さんも私のことが好きだから悩むのよ。そうでなかったらこんなことにならないでしょう。どうしていいかわからない」
 彼女の苦しみの大きさを目の当たりにして、私は私の罪深さに恐怖を覚えた。私は苦しみ悩んだ。まず「妹のような関係でいたい」と軽くいってしまった。彼女は「そんなのずるい」と、私の逃げの姿勢をついた。とにかく話し合おう。こんなことをしても、どうしようもないだろうが、お互いの気持ちを確かめるしかない。そう思ったが、どちらも自分自身を責め、どうしようもない状態にいらだった。ひとこと、ひと声が彼女の涙を誘った。
 「別れるか、……それとも」と私が言うと、彼女は「別れないわ」と返してきた。「どうしよう」、健太郎のメモに目を移した。

■プロフィール
著者‥岡田 清治(おかだ・せいじ)

一九四二年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『心の遺言』 『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』 『リヨンで見た虹』など多数

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