海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
姪の就職2
 真三はさらに健太郎のメモに目を移した。
―目的喪失 見えない目標
 一体、自分は記者として、人間として何をしようとしているのか。この問題にいまだに苦しめられている。「これをやろう」という目標が見つからず生きている目的が喪失しかねない状況である。一生を通じた仕事がすぐにつかめなくても、当面の目標を決めたい。心が充実するような仕事をせず、満足できる成果を上げられず、焦りと欲求不満がつのる一方。以前のように朝のめざめがすっきりせず、頭の痛い日が続く悪循環で眠れない日があったり、早朝目覚めると、もう眠れなかったりする。これはどうすればいいのかわからない。気軽になることも必要だろう。
 ただ、やはり自ら仕事を見つけていくしかない。その中から道は開けるのではないかという淡い期待である。
 もう一つ。結局、自分を甘やかしているということだ。不規則な仕事や付き合いを口実に地道な努力は後回しである。
 これからは毎日、この部屋に少しでも長くいるようにしなければならない。情熱と地道な努力の積み重ね―これ以外にないだろう。
 店員が食事の皿を引き下げにきた。
「珈琲をお持ちします」
「お願いします」
 真三は店員に頼んだ後、裕美に話しかけた。
「健太郎がメモで『情熱と地道な努力の積み重ね』と言っているのは、この年になって痛いほどわかります。彼が苦悩の末、この結論に到達したことは立派だとは思いますが…」
「能力より情熱と地道な努力の方が大事なんでしょうか」
「そこなんですよ。京都の企業に京セラがあります。聞かれたことがあるでしょう」
「社名だけは、知っています。何を造っているかは知りませんが…」
「そうでしょうね。電子部品の企業ですから、使っていても見えないですね。日本は家電製品では韓国、台湾、中国に負けていますが、それらの国でつくる家電製品の重要な部品の多くは日本製です。ここがしっかりしている限り日本のモノづくりは健在だと思います。 話が横道にそれましたが、その京セラの創業者が稲盛さんです。彼は人生の結果=能力×情熱×フィロソフィーだと言っているのです。私もファミレスをやっていたころ、稲盛さんの著書をかなり読みました」
「稲盛さんといえば、日本航空を再建した経営者ですね」
「そうです。よくご存じですね」
「新聞で読んだ記憶があります」
「その稲盛さんが、人間の能力よりパッション(情熱)が勝つというのです。能力がある人は一般に情熱や努力が、能力のないと意識している人に比較して低いというのです。だから掛け算すると、能力が低い人が人生で勝利することが少なくないというのです」
「私なんか、能力も情熱も低いから問題になりません」
「いやいや裕美さんの情熱はすごいですよ。さらに大事なことはフィロソフィー、つまり哲学です。これは企業人ですから会社の進む方向と、個人の取り組む方向、つまりフィロソフィーが同じでないと、力が減退します。家庭でもそれぞれの考えが違っていますと、ともすればバラバラになります。だからフィロソフィーが一番、重要だということになります」
「そうでしょうね。企業は集団で活動していますから理解できます。それが嫌だったら個人でやるしかないでしょうね。新聞記者の場合、そのあたりが難しいのでしょうか」
「他の職業と比較して、難しいでしょうね。例えば、原発について編集方針が反対とまでいかなくても、慎重、あるいは消極的だったら記者はそのベクトル(方向)に合わせようとするでしょうね。仮に社の方針と真逆の記事を書くと、デスクにボツにされるか、修正を求められるでしょう」
「いろんな場面で悩むことになるでしょうね」
「社会部の記者は市民、あるいは国民目線に立って判断しますので、彼らが求めていると思ったら書くでしょうね」
「政治部の記者さんならやはり政府の方針に沿うことになりますね」
「ただ、私は健太郎のメモを読んでいて、悩みの中にほとんど経済的なことが出てこない点が、恵まれていると思いましたね」
「そうですね」
「それだけ激しい仕事をしている対価としては当然だろうと思っているのでしょうが、私なんかは毎日の売り上げが一番の悩みでした。目標に到達しないと、この先、店をやっていけるのか、眠れない夜もありました」
「そちらの方が切実ですよね」
「人それぞれ置かれた立場で悩みも違ってくるということでしょう。その悩みも時間の経過とともに変化し、あきらめにもなっていきます」
「若い時は悩んで当然なんでしょうが、それを一人で抱え込むと追い詰められることになります。このあたりが難しいのでしょうが、やはり友人が大事かなと思いますね」
「確かに経験を積むといいますか、年をとりますと、カドがとれてくるようです」
「そうですね。私はいろんな本を読むことで悩みから解放されることも多いのではないかと思っています」
「なるほど…」
 真三はメモの続きを読んだ。
―大学生の彼女
 偶然の出会いから十八歳も年下の彼女との関係に苦しみ、現在も悩んでいる。迷い、悩んでいる多感な若い女性の姿が目の前に浮かぶ。インド在住のS坊さんのことは本当のところよくわからないが、彼のもとで暮らすことを決断したと言いながら、私への愛も告白する。恋愛感情だけから、いわば妹を思うような気持が芽生え、かなり気分が楽になった。しかし、もしインドから帰ってきたらどうなるか…。
 地下鉄で友人Mと会う。「大学を出るとき、先生から言われたよ。『新聞記者は四〇歳過ぎてから悩むぞ』とね。その通りやね。仕事は面白い。夢中になる。気が付いてみると、しかし、自分のものがない。何をするという「何」がないわけや。苦しいよ。その点、学者はいい。会社での個人はバラバラで、何をやっているかわからないが、新聞社はやっているんだよね」
 ある日、竹葉亭でウナギを食いながら友人Kと話す。
「何をするという「何」がないんやね。何をしていいかわからんわけや。そうすると、とりあえず、社会・行政ルートにのって、一定の上昇をはかるのが一番楽やということになるね。ただ、その先はどうなるかわからん」
―仕事への切迫感
 どんな持ち場、職場でも攻め手はあるし、得られるものもある。デスクーワークならそれなりの、あるいは他では得られないような人間の深層に触れることもあるかもしれない。
 O君のことを見よ。宣伝から資材に回されたが、そこでも腐らなかった。
―唯我独尊
  「社会部で一番評判が悪い」とH氏が面と向かっていう。「それは、それは」と思ってしまう。つまり、そういわれるほど、個性的なものを持っているわけでも、独自線もない。勝手ものという以外ないではないか。ならば、ここで開き直って社会で認められるほどの仕事をしなければならないと思うのである。自分のアイデンティティーは会社の仕事と生きがい。
 真三は健太郎の悩みはとくに目新しいことではないと思った。就職して、あるいは独立して働いている限り、人は大なり小なり悩むものである。時にはそれが仕事や会社のことだったり、家庭や子どものことだったりするが、人間は悩む動物である。だから宗教や哲学が生まれているのだが、それらをもってしても助けてもらうことはほとんどない。
 落語や演劇で「間」を置くということが言われる。真三は思い悩むことに直面した時に、この「間」をおくことが肝要だとおもうようになっている。その間に相手の立場や、仮に思い通りに行かなかった時に、「ま、たいしたことがない」「これも宿命だな」と考えられる気持ちの余裕が出てくれば、かなり楽になることはこれまでの経験から言えると思っている。
 それと決してあせって結論を出さないことである。時間が経つことで解決の糸口がみつかることがあるし、気持ちが楽になると考えている。
 健太郎の悩みは、よほどの親友でないと話せないし、まともに受け取ってもらえないだろうと真三は思う。
「裕美さんもそう思いませんか」
「そうですね」
「人間の人という字はお互いの間を支えあっているという意味です。人は決して一人では生きていけないのです。支えがとれると、孤独になって自殺することもあり得るのです。だから夫婦や恋人はいわば支えあっているから成り立っているのです。これが離婚などしてバラバラになると、それぞれが支えとなる人を求めるのが普通です。健太郎も支えがほしかったのだと思います。それが兄弟や両親ではダメだったということでしょう」
「老人の孤独死も増えていますね」
「裕美さんもこの先、長いのですから支えを見つけてください」
「・・・」

■プロフィール
著者‥岡田 清治(おかだ・せいじ)

一九四二年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『心の遺言』 『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』 『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。今回は「就職」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えさせて頂きます。

FAX‥0569―34―7971
メール‥takamitsu@akai-shinbunten.net