海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
姪の就職2
 真三は三つの束の一つを手に取った。時系列的にどうなっているのかはよくわからない。ある種のメモに近いものだ。よく見ると二つの束を一つにまとめていることがわかった。筆跡からしてかなり気持ちが高ぶって思い詰めている風に真三は感じた。健太郎を説得する時にこのメモを手に入れていたら、もっと説得力を発揮できたのではないかと思ったりした。
 真三はメモに目を通す前にテーブルの対面にいる裕美に目を向けた。彼女はややうつむき加減な姿勢で時折、コーヒーカップを口に運び、真三の感想を待つ風であった。
 メモにはまずテーマが「生きがい・仕事」とあった。これは明らかにそのあとのメモと文体も違っていた。健太郎本来の独得のかっちりとした字体で綴られている。若い時の日記風である。
―三十歳の誕生日を迎えた。青春との決別。中年入門。区切りあるときなのに、意外にこころも、からだも平静。あと三十年生きればもうけものと、ふと思うこともある。けれども病魔が襲うのでは、一体おれは何のために生きているのか、管理社会で生き延びられるのか―という憂うつ感、不安がつきまとう。もっと違う思いもある。平凡なおのれの内面と行動を吐露し活字化したいな―…、常識の世を破る体験をして思う存分書きなぐろう。記者稼業をやめて選挙に出よう(とても選挙うけするタイプではないことをわかりながら、納得できないたちだから!)。そう、土着一辺倒。とりもなおさず、徹底した人間本位の思想と行動で。政治不信とそれを生み出す党利党略の動きをおさえ、民主主義発展のために、とかっこよく考える。いや、政治はよそう。とても耐えられない。商売をやろう。黒びかりがする板張りの喫茶店でうまいパンを食べさせるなんていうのはどうだ。もっと手広くやろう!思い切って多角経営だ。やっぱりだめだ。学究―とてもだめだ。なんでもやれると信じ込んでいた二十代のうぬぼれと若さ、決断力がすでにない。徹底的な土着の雑誌をつくっては。いや、やっぱり、ここ当分、仕事に打ち込もう。おもしろい続きものをやり、機会を見て外国に出ていけば。だが、なんとなく、いつの間にか周囲に壁が何重にも構築され、壁の彼方が見えなくなっていく気がする。とにかく、やろう。なんでも。
 ここでやる気になったのが今後の本の買い方。基本的には現在の仕事に役立つ(実用書ではない)辞書、事典の類を優先する。次に何となく生物、関西、中部に関するもの、そして明治以前の科学技術の資料文献。
 日記はここで終わっていた。
 真三は一息ついたところで裕美に声をかけた。
「裕美さんはこれを読まれてどう思われましたか」
「私と結婚するずっと以前のことですが、同じような悩みを最後まで抱えていたように思います」
「そうですか。誰もが大なり小なり青春時代の悩みはありますよね。加齢とともに世間を知り、その波に飲まれていくのが普通です」
「人生って、なかなか思うようにいかないものですね」
「論語では四十にして惑わずとありますが、寿命が延びておりますので、我々の時代は四十歳以降に第二の悩みと言いますか、人間や夫婦関係、仕事、子供、両親などの悩み事がでてきます」
「そうですね。男の人はやはり仕事でしょうね」
「仕事=生きがいのようなところがあります。我々の次の世代は男女に関係なく生きがいが大きなテーマになっているように思います」
「そうですね。舞の場合もそういうことでしょうね」
「健太郎があれもしたい、これもしたいとつぶやいていますが、ほかの畑の花がきれいに見えるのはいつの時代も同じだと思います。要は選んだ職業に全身全霊を打ち込めるか、どうかでその人の生きがいも定まると思います。最近、面白い映画を観ました」
「どういう映画ですか」
「パオロ・ソレンティーノ監督の最新作『グランドフィナーレ』です。裕美さんも映画が好きでしょう。これ観られましたか」
「いいえ、観ていません。どういう内容ですの」
―人は自分に与えられた人生を精一杯生き、悲喜こもごもの体験を乗り越え、中には栄光を浴びた人もいる。そして誰もが終焉に向かう。忘却の彼方に消えそうになる過去の思い出や栄光にすがる日々を送る。
 平坦な道を歩んだ人はその落差は少ない。企業のトップに十数年間、君臨した人でも「自分は何をしてきたのか」と晩年に苦悩する人も少なくない。ましてや世界的な名声を博した人の孤立感は凡人の比ではない。栄光の頂に登った人の下山は難しい。もう一度栄光を取り戻そうと模索する。それを見事な美しい映像で描いた映画が『グランドフィナーレ』で、人生の意味を考えさせてくれる名画である。
―世界的に名を知られる指揮者フレッドがリタイア、親友の映画監督とともにアルプスが近くに見えるスイスの高級リゾートホテルでハリウッドスターやセレブらと過ごす優雅なバカンス。そんな中で彼らは過去の栄光によって世間に記憶されているが、人生を下山しながら苦しむ。指揮者フレッドの最後の締めくくりは圧巻である。
「こういう内容です」
「ぜひ観たいです」
「誰もが死を迎えるにあたって苦しむのですが、世界的に名声を得た人ほど、晩年は寂しそうです。米国大統領のオバマは黒人で初めて大統領になった人で、しかもノーベル平和賞をもらっています。最高の人生を送ったのに、しかもトランプ大統領と交代する時の演説はすばらしかったのに、その後ろ姿に寂しさが漂っているように見えました」
「確かに…」
「以前の大統領の何人かは牧場に帰っていったといわれています」
「アメリカの原点は牧場ですね」
「そこにあるのは素晴らしい自然に馬と銃、そして牛がキーです。アメリカ人のこころの故郷がそこにあるように思えます」
「牛肉は日本人のコメと同じなんでしょうね」
「そうだと思います。日米の農産物交渉でアメリカは牛肉の関税にこだわります。日本人には理解できないところもありますが、彼らからしたら日本人のコメに対するこだわりは異常に思えるのでしょう。やはりそれぞれ歴史的な背景を理解しないといけないと思います」
「そうですね」
「中国の白居易の放言首「槿花一日の栄」は、人の栄華のはかないことを伝えています。槿花はムクゲの花。この花は朝咲いて夕方にはしぼむので、その華麗さも一日限りで、「槿花一朝の夢」ともいいます。人生の終焉は非凡な人も、凡人にとっても難しいが、天と地の開きが生じると思います」
「人生とはいかに、はかないかを教えているのでしょうね。だからこそ一日いちにちを大切に生きることだと思っています」
「その通りです。ではもう少しメモを読んでみます」
 この数カ月間の苦しみ、悩みについて(四十歳)
―燃えない。
 まずこの事態に直面した。
 女子学生が健太郎と別れてインドへ行く場面が綴られている。
―なるほど、東京時代などにも「やる気」を一時的に失ったことがあった。しかし、それは糖尿という身体的なことに起因したといえる。確かに、大きな仕事(たいしたことはないが、とにかく派手なことも含めてその時はすごいとおもうような仕事)のあとは、多少落ち込むものである。だが、少し間をおくと、もう自ら次の仕事をみつけて向かっていっていた。やらなきゃ、たとえば同僚のM記者のように「これやろう」とけしかけてきた。今度は少しさぼりぐせがついて、怠けてしまった。一時、出勤するより家にいてじっとしているか、テニスでもしていたいと思った。結局はそうせず、給与分の仕事を続けた。これがかえって自分自身を苦しめることになった。
 出張、泊りを繰り返し、東京での激しい取材など身体的にかなり疲れたことが一因であろう。しかし、もっと奥深いところに原因があるように思う。根本的な解決策にならないが、やはり仕事を見つけてぶつかって行くしかない。
 ここで次のテーマに移っている。そこで真三は裕美に再び声をかけた。
「裕美さんが結婚した時、彼はリタイア―していたので、この内面の苦しみの臨場感はないかもしれませんね。恐らく東京の社会部で仕事をすること、それも地方から出て行って大向こうの記者やデスクをうならせることは至難のことだろうと想像できます。人一倍ええ格好したい性分の彼なら行き詰ったときに落ち込む谷は深いだろうと思いますね」
「ガンバリズムが健太郎さんのいいところでしょうから、適当に手を抜くことはできないのでしょう」
「それはそうですが、仕事の軸といいますか、仕事に何を求めるかが定まっていないと、こういう性分の人は人の倍以上苦しむことになるでしょうね」
「そうなんですね」

■プロフィール
著者‥岡田 清治(おかだ・せいじ)

一九四二年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『心の遺言』 『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』 『リヨンで見た虹』など多数

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