海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
姪の就職2
 何もしていなくても時間に縛られることが起こる。病院での検査は年齢が増えると、それだけ多くなる。時間だけではない。カネの心配もでてくる。歯医者に行くと、保険でやれる治療と保険外のそれとを選択させられる。医者から「この人は裕福かどうか」とフトコロまで診断されている気分に襲われる。
「保険外の治療でお願いします」
 つい見栄をはる。
 医院を出たとたん、カネの工面で悩むことになる。
 真三は仕事をやめてしばらくは健康だったが、北海道の登別に写真撮影に夫婦で出かけた時、部屋に備え付けの風呂タブから出て、洗い場に入って、体を洗ったあと、もう一度タブに入り、風呂の入口の段差で足を滑らし、次の瞬間、痛くて立てない。
 その時は足首をぐねらして捻挫程度だと思った。ただ、ぐねった足に体重をかけると痛くてがまんできない。幸い大浴場でなく、室内でるり子がテレビを見ていたので、
「おーい、来てくれ」と真三は大声を上げた。
 驚いたるり子は飛んできた。
「歩けないの?」
「痛くてダメだ。フロントに電話をかけて誰か、来てもらってくれ」
「わかりました」
 しばらくすると副支配人が部屋に駆けつけてくれた。ホテルでの事故はいろんな意味で影響する。今回は風呂場での打撲か骨折だから、そうあわてないでいいように思うが、副支配人の顔色は悪いように真三には思えた。
「近くの厚生病院に電話したら診察していただけるようですので、私が病院までお連れします」
「そうですか。よろしくお願いします」
 さすがに段取りがいいと真三は思った。こういう時にビジネスホテルでなく、ちょっとましなホテルに泊まったことで、内心、助かったと妙に安心するのだった。
 るり子に車椅子を押してもらいながら副支配人が玄関に横づけしたクルマに乗り込んだ。5分も走ったら病院に着いた。
 病院では宿直の医師と看護師が診察室で待っていてくれた。
「痛いですか。レントゲンを撮りましょう」
 レントゲン写真が診察室の蛍光灯パネルに張られ、医師はじっとのぞき込むように凝視している。そして静かに口を開いた。
「単純な骨折かと思っていましたが、複雑骨折ですね。ちょっと厄介ですよ」
「どういうことですか」
「回復に時間がかかります。この病院でも入院ができますが、不便を感じられるかも…」
「自宅に帰って近くの病院で治療を受けたいと思いますので紹介状を書いていただけますか」
「わかりました。松葉杖は有料ですが、お貸ししますので帰られたら宅急便で返してください」
「わかりました。お世話になりました」
 医師は紹介状と骨折の画像を収めたCDを渡してくれた。健康保険証を持参していたので費用は持参金で十分間に合った。
 病院の玄関には副支配人が運転するクルマが迎えにきていた。
「複雑骨折のようですね。明日、空港に連絡しておきますので、玄関まで車椅子で迎えてもらえるように頼んでおきます。」
「ありがとうございます。助かります」
 ホテルの部屋に戻ってしばらくすると、ノックが聞こえた。
「これ支配人からのお見舞いです」と言って、ボーイが白い封筒を届けに来た。
「見舞金までくれるのか」
「ホテルに傷つけたくない処置ですよ」
「気を遣う商売だな。確かに滑ったのは自業自得だけど、そういう欠陥の風呂ではないのかとも言える。客にゴネられたら治療費やもろもろの費用を請求される心配もあるのかもしれない。そういうことを避けるために先手を打ったということか」
 真三のやっていたファミレスの事故と言えば、一番が食中毒だが、これは必ず保険所に届ける義務が課せられているので、隠しようがない。その点、ホテルの今回のような事故は届ける義務がない。それでも客商売は風評被害が怖いのである。登別温泉街は激戦地でホテルの競争も激しい。変にレッテルを貼られたら商売に影響すると考えたかもしれない。
 真三にしたら風呂場を出たところに滑らないマットを敷いて安全措置を講ずるのが一番の仕事だろうと思うのだった。その後のことはわからないが、いずれにしても高齢者は風呂で滑らないように気を付けることが大事である。ゴルフの後、風呂で滑ってケガする人も少なくない。
 北海道での撮影旅行はこの登別が最後だったことも幸いであった。るり子の運転でレンタカーを走らせ、新千歳空港に向かった。空港の玄関にJALの案内嬢が迎えに出ていてくれた。彼女が用意した車椅子に座った時はほっとした。骨折の右足は板に固定されていて曲げることができない。空港で行き通う人たちの珍しいモノを見るような流し眼の視線を感じる。
「お客さんの席、空いていましたので広めの席に変更しておきました」
「ありがとうございます。助かります」
 そして無事に関空経由で自宅までたどり着くことができた。
 松葉杖はアルミでできていて軽いが、慣れるまでうまく歩けない。とくに階段は相当訓練しないと無理だとわかった。
 地元の総合病院の外科で手術することになった。
「リハビリも入れて四〇日ほどの入院になります」
「長いですね」
「複雑骨折ですから仕方がないですね」
 真三は手術の間は全身麻酔なのでほとんど記憶にないが、全身裸にされて手術用の簡易服に着替えさせられ、ベッドに寝かされる。あとは金属のチタン板を骨折した骨に電気ネジ回しで固定する大工音がかすかに記憶の中に残っていたが、そのうち眠ってしまった。
 目を覚ました時は部屋のベッドの上だった。
 あとでわかったことだが、るり子が新聞の投書箱に送った今回の事故の顛末が載ったことを白状して新聞の切り抜きを見せた。
―怪我の功名
 ある日、突然夫が骨折して入院する羽目になった。医者は足首のレントゲンを見ながら「二本折れていてグラグラや!」と、つぶやき年を取っているので治るのに人の二倍かかると言った。歩けるうちに旅行しようと動き回っていたが、こんな形で歩行困難になるとは思ってもいなかった。これを機に今までの生活リズムが病院通い中心に変わることになる。
 寡黙な夫は病院での生活がさぞかし苦痛だろうと察していた。手術後、日が経つにつれて、夫の表情が明るくなっていくのを見るにつけ私の心配は杞憂に終わった。
 ラジオ深夜便で知ったという文庫本『しあわせの書』を買って渡した。看護師たちに本の中にある手品をして見せると皆「えっ、何で?」と不思議がり喜ぶんだと若い看護師たちに体調管理されたことで元気づけられたのだろう。リハビリ友もできて時間になると誘いに来る女性に笑顔で応える姿に安堵した。意外なところで人とのコミュニケーション能力もついたことを知ってこれぞまさに「怪我の功名」かと感心した。
 退院後、家の中の段差歩行にすかさず肩を貸すと、「こんなに仲良くしたのは初めてやなあ」と、言う夫に二人で苦笑した。気晴らしにクルマで松葉杖を携え買い物に行ったときには障害者用駐車スペースのありがたさを痛感する。
 思わぬアクシデントで今年の年末年始はいつになく静かに過ごすことになる。これも天からの戒めと受け止めて家でのんびりお正月を味わおう。
「恥さらしやな」
「いい思い出にしたかったのよ」
「どんなにしんどかったか、お前にはわからないだろう」
「それはそうだけど…」
「いつもリハビリに誘いに来た女性は、半年近く入院しているそうだ」
「そうですか」
「リハビリを見ていると、かなり良くなっているように見えるんだがな」
 リハビリは小型の体育会館のような板張りの床に階段も設置してあって、それぞれの症状に応じて理学療法士に指導を受けながら歩行訓練をする。この期間が長いため骨折の入院は長いのである。
 リハビリ室で見ていると女性の比率が少し高いように思えた。起き上るのも大変な老人は九十四歳と聞いた。平行棒につかまって「よいしょ」の掛け声で立つのだが、これが大変なようであった。患者の多くは家で転んで骨折した人が多かった。そう言えば八十過ぎだった真三のお袋も塀に20pばかりよじ上ったところで、ポンと降り立ったところ骨折したことがあった。その時は老人の骨そしょう症で骨が高齢とともに細ってくると医者から聞かされた。その時は針金を入れて一週間ほどで退院してきた。ほとんど歩行できない状態で、移動は介助の人がいないと這っていた記憶がある。
 真三も今回のことがあったので骨密度の検査を受けた。結果はまずまずだったが、ちょっとした油断で高齢になると骨折するのだと肝に銘じた。

■プロフィール
著者‥岡田 清治(おかだ・せいじ)

一九四二年生まれ ジャーナリスト
(編集プロダクション・NET108代表)
著書に『心の遺言』 『あなたは社員の全能力を引き出せますか!』 『リヨンで見た虹』など多数

※この物語に対する読者の方々のコメント、体験談を左記のFAXかメールでお寄せください。今回は「就職」についてです。物語が進行する中で織り込むことを試み、一緒に考えさせて頂きます。

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