海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 とある冬の日の午後、あたしは、この原稿を書いていた。原稿は下書きの終わりに差し掛かっていた。すると、耳元で太鼓が鳴った。
♪ドンドン、ドントコイ、ドントコイ♪
それは、寄席や落語会で「お客さまが大勢お越しになるように」と打ち鳴らされる一番太鼓だった。
♪ドンドン、ドントコイ、ドントコイ♪
 指でリズムを取っていたら、今度は、机の上の原稿用紙と万年筆の上に、裁縫箱くらいの大きさの白んだ影が「ぼおっ」と立ち現れた。それは、見る間に小さな建物の形になり、軒下に提灯が並ぶ演芸場になった。
 「こ、これは末廣亭じゃないか?」落語好きのあたしは色めきだった。目を凝らすと、ぞろぞろと小さな客たちが入って行くのが見える。出演者を告げる行灯には勘萃と書かれている。「これは困ったことになったぞ」と思いながら、居ても立ってもいられなくなったあたしは、やっと書き溜めた下書きを丸めてポイっと屑篭に捨てると、客たちに混じって、その演芸場に入っていった。
 やれやれ、〆切が近づいていたり、〆切が過ぎていたりする午後には、奇妙なことが起こるものだ。
 客席で暫く待つと、あたしに瓜二つの噺家が高座(=舞台)に出て来て落語を始めた。芝居噺のようだったが、それは、あたしのよく知る『中村仲蔵』や『淀五郎』といった古典落語ではなく、『ヨイショ、コラショ』という新作落語だった。野外音楽劇を引っ提げ、北海道から沖縄までを巡る一家三人の物語り。
 楽市楽座の名古屋公演は、さる6月3日(金) から6日(月)まで名古屋の大須にある『大光院』の境内で催された。入場無料の投げ銭。池に浮かんでクルクルと回るお盆みたいな舞台、客席、照明…そのすべてを一家三人で設営する。
 スケ番カミキリ虫のカミキル、お色気ムンムンのジプシー金魚、妖怪みたいなヤモリ婆。残酷な平地からバラバラに逃げてきた3匹のメス達が、山深い沼地でバッタリと。けれども、お互いの言葉がぜんぜん通じなかった…。
野外劇団『楽市楽座』
      ホームページより〜

 カミキル:むすめの長山萌、ジプシー金魚:おっかさんの佐野キリコ、ヤモリ婆:おとっつぁんの長山現。3匹のメス達になった一家三人が、争い(=戦争)という人間の業に立ち向かう!

 芝居噺『ヨイショ、コラショ』に続いて色物が始まった。寄席では、落語や講談に混じって、曲芸、漫才、奇術、手品、腹話術…といった色物が舞台を彩るのだ。
 名古屋の杁中で楽器商『みどり楽器』と音楽寺子屋『おんぷ館』を営む夫婦は、ほぼ中学生のブラス楽団『アンサンブル・フレンズ』を、手塩にかけて世話をしている。ほぼ中学生…というのは高校生がちらほら混じっているからだ。日頃は別々の学校へ通う彼/彼女たち。毎年、夏休みが始まると何処からともなく「すうっ」と集まって…。
 勘萃がお扇子でもって江戸前に指揮するのに合わせて「吹けや踊れや」の舞台を繰り広げる彼/彼女たち。時には楽器を舞台におっ放り出して、客席へ踊りに行ってしまったりもしながら夏祭りを盛り上げ…。
 秋のハロウィーンが終わると何処かに居なくなってしまう。
 ほぼ中学生の彼/彼女たちと、ほぼゼペット爺さんの勘萃が繰り広げるのは、きっと曲芸なのだ。
【ご案内】この曲芸は、YouTubeで「アンサンブルフレンズ」を探していただくと数々ご覧になれます。
 いよいよトリの登場?との期待を裏切り、バッハの曲を出囃子にして現れたのは相変わらずの勘萃…独演会なのだ、仕様がない。
 噺の筋はといえば…バッハ(1685〜1750年、ドイツの作曲家)の伝道師になりたくて絃が24本も張ってある西洋琵琶を弾く勘萃は、「いつかは夜通しでバッハを弾く独演会をやってみてえもんだなあ…」という荒唐無稽な夢をみている。誰に話しても、「何言ってんだい?お前さん一人で夜通し?そんなこと、できるわきゃねえじゃねえか」と相手にされない。そうこうして30年が経ったある日のこと、5/Rホールという芝居小屋の興行主伊藤直樹が現れ、彼の手助けで勘萃は夢を叶える。
 それは、古典落語『文七元結』や『おかめ団子』みたいにホロリとさせる人情噺だったけど、夜もすがら…だから怪談噺?いや、綺麗な三人の太夫と二人の幇間(=太鼓もち)が登場しての夜もすがらの宴、やっぱし廓噺だな。
 さる8月17日(水)、5/Rホールでの催しに落語で飛び入りして『夜もすがらバッハ』公演の宣伝をする勘萃。
10月8 日(土)の公演当日。お客さまを待つ5 /R Hall & Gallery音楽ホール。

 よる7時から翌あさ5時までの独演会は、まるで新聞のテレビ欄みたいに1時間ごとの番組で区切られた。

 一曲目を弾き終え、開演の挨拶をする勘萃。「始まったばかりではありますが、ここで一つ、皆さまに残念なお知らせがございます。どうやら、あたし、プログラムの二曲目から弾いてしまったようで…」開演早々お客さまは大笑いしたり呆れたり。
 この番組の終わりに、オペラ歌手の池田ゆりが客席扉から突如として現れてお客さまを驚かせる。そして舞台に進み出た彼女は麗しい歌声を披露するのだった。

 生粋の京女ひぃさまが登場。勘萃が京都の四季折々を旋律に紡いだ『舞妓ハンのお正月』、『白川女の花売り』、『都をどり』、『鴨川の床涼み』など8曲の其々に小さな物語りを書き下ろして、はんなりと語ってくれた。
 京がたりにつづき、先ほどの池田ゆりが再び登場して端唄『京の四季』をオペラ風に歌い上げ、勘萃が踊る。
 バッハがキリストの最期を聖書に基づいて作曲した『マタイ受難曲』と『ヨハネ受難曲』からの14曲を、拙いドイツ語で勘萃が弾き歌う。それは紛れも無くお客さまの受難だったに違いない。それを救うべく妖艶なるベリーダンサーのmilly が降臨した。
 その昔ヨーロッパのあちこちで流行ったダンス・ミュージックを詰め合わせたバッハの組曲。この夜最初の舞踏会が始まる。指馴らしのプレリュード( =前奏曲)、のんびりとしたルール、わくわくするガボット、上品なメヌエット、そして、西洋の盆踊りブーレを弾こうとしたその時、ビオラ奏者の吉田浩司が現れてブーレを横取りするのだった。
 小屋主からプチ夜食がお客さまに振る舞われる。でも、『自然の薬箱Cafe & Kitchen』Kシェフによる夜食が「プチ」であるはずがない。
 0時から5時までは、文字通り勘萃の独演会となる。丑三つ時には、バッハをそっち退けで落語『お菊の皿』をやってみた。
 奇天烈な夢も、終わってみれば50人に及ぶお客さまに朝までのお付き合いを頂戴して、小屋主と勘萃は恭悦至極。
 それというのも、この一夜城ともいえる公演は、5/Rホールの6歳の誕生日を祝う宴でもあったのだから。
♪ドロドロ〜デテケ、デテケ、デテケ、テンテンバラバラ♪
 追い出し太鼓が寄席の終わりを打ち鳴らす。ロビーに出てみると、その昔、場末の映画館で見た覚えのあるような売店があった。酒、おつまみ、瓶に入ったジュースに混じって、つい今しがた聞いた廓噺『夜もすがらバッハ』に登場する『京懐石バッハ仕立てオワガリヤス』が読み聞かせCDとなって並んでいた。値札には千伍百圓とあり( これは本当に商ってます、どうぞ宜しゅうに! )、張り紙にはこう書かれていた。
 「YouTube にてひぃさま藤間勘萃を探すと、その幻燈がいくつか見られます!」
…と、ここまで書いたところで、耳元で太鼓が鳴った。
♪ドンドン、ドントコイ、ドントコイ♪
それは、寄席や落語会で「お客さまが大勢お越しになるように」と打ち鳴らされる一番太鼓だった。
♪ドンドン、ドントコイ、ドントコイ♪
そうかい、そうかい、そんでもって、裁縫箱くらいの大きさの演芸場が机の上に立ち現れて、落語好きなあたしは居ても立ってもいられずに、この原稿の下書きを丸めてポイっと屑篭へ捨てて、その演芸場に入っていくんだろ?
…これじゃあ切りってもんがない。

藤間勘萃(柴 信次)
1958年、名古屋に生まれる。
高校在学中より舞台に立ち、名古屋音楽大学
にて作曲を専攻する。
20年にわたる大学での教職を経て現在は…
?作/編曲家(柴 信次)として…
オペラ、ミュージカルから演歌までを幅広く手掛ける傍ら、『ライリッシュ・オカリナ連盟』と『琴修会』の音楽顧問を務める。
?演奏家/日本舞踊家(宗家・藤間流名執)として…
NHK教育『日曜美術館』、NHK開局70周年『花の舞・花の宴』などの放送や舞台に数多く携わる。
1980:中部日本ギター協会『協会賞』
1984:日本ギタリスト会議『最優秀新人賞』
1984 〜 2003:日本福祉大学講師
2008:日本福祉大学客員教授